船橋洋一の世界ブリーフィング

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No.762 [ 週刊朝日2005年11月18日号 ]

リークゲートの底には、CIAとホワイトハウスの暗闘がある

 チェイニー米副大統領の首席補佐官、ルイス・“スクーター”・リビーの逮捕・起訴によって、リークゲート(漏洩疑獄)はホワイトハウス中核を揺さぶる政治スキャンダルへと発展し始めた。

 ニューヨークのマフィアを震え上がらせ、アルカイダをはじめとするテロリストたちを粉砕したことで“鬼検事”の異名を持つパトリック・フィッツジェラルド特別検察官は今回、ホワイトハウスに巣くう政治ゴロたちに照準を当てている。

 9・11テロ後、ブッシュ政権は強迫観念にとりつかれた。

 それはイラクのサダム・フセイン政権に対する病的なほどの憎悪と警戒感に急速に収斂していった。イラクの核開発を破壊する。そのために体制転換をする。さもなくば、「次にテロでやられるときは、キノコ雲(原爆テロ)の形となるだろう」が合言葉となった。

 アルカイダの背後にはイラクのフセイン政権がある。フセイン政権は大量破壊兵器を秘匿している。2001年4月、チェコのプラハで9・11テロの首謀者のモハメド・アタとイラクの情報工作員がひそかに会ったようだ。イラクはアフリカのニジェールからウラン鉱石を購入しようとしたらしい……。

 チェイニー副大統領やラムズフェルド国防長官、それにネオコン(新保守主義者)たちは、そういう疑いを募らせた。

 事実とすれば、イラク戦争を正当化するのにもってこいの話だ。ホワイトハウスは、03年1月の大統領の一般教書に「サダム・フセインは最近、ニジェールから相当量のウラニウムを買い求めようとした」というくだりを挿入した。

 ところが、CIA(米中央情報局)、なかでも現場はそれに懐疑的だった。CIAは、アタとイラク情報員のプラハでの接触は、最初からいかさま情報であると結論づけていた。フセインがニジェールからウラン鉱石を購入しようとしたというのは、筋の悪い情報ブローカーの捏造情報であるとの評価を下していた。

 CIAは02年、ウラン購入疑惑を調査するため元駐ガボン米大使のジョセフ・ウィルソンをニジェールに派遣した。その結果、この情報はまったくのデタラメであることがわかった。

 CIAはそうした調査結果をホワイトハウスに上げたが、ホワイトハウスは「調べ方が足りない」と、そのつど突き返した。

 CIAのトップは材料をいかようにも料理いたしますという姿勢で、これは御しやすい。

 しかし、現場は違う。ジョン・マクローリンCIA次長は、再度の調査を要求するリビーに対して、「井戸からはもはや何も汲み出せない。これ以上やってもムリ」と反論した。

 03年5月、ブッシュは空母、エイブラハム・リンカーンの艦上で、イラク戦争の勝利宣言をした。

 ホワイトハウスの筋書きどおりにコトが運んでいるかに見えたが、ウィルソンが「ブッシュはイラク戦争を正当化するためウソをついた」と声を上げ始めた。7月、ウィルソンはニューヨーク・タイムズ紙の「主張・論評」(OP-ED)欄に自らその旨を記し、ブッシュ政権のイラク戦争を批判した。

 ホワイトハウスはCIAが組織ぐるみで抵抗してきた、と疑った。リビーたちは、選挙のネガティブ・キャンペーンの手法を援用し、ウィルソンの「人格暗殺」を図った。

 CIAのやっていることは“陰謀”であり、薄汚い動機に駆られている、ウィルソンの妻のバレリー・プレイムはCIAの工作員をしている、ウィルソンは彼女の差し金でニジェールに送られたに違いない、恐らく夫婦グルになっての“陰謀”の背後には民主党が絡んでいる──。

 ウィルソンが秘密の使命を帯びていたにもかかわらず、それに対する「保秘義務」をCIA側から課されていなかったことを考えると、パラノイア症候群にかかっているリビーたちがウィルソンのミッションやその後の言論活動をCIAの“陰謀”と受けとったのはわからないでもない。チェイニーもラムズフェルドも自分たちが推すイラクのエミグレ指導者、アハマド・チャラビについての「悪い評判」をCIAがリークし、「人格暗殺」を狙っている、と疑い、許せないと思っていた。

 実際、それはCIAの現場がイラク戦争に前のめりになるブッシュ政権を牽制しようとする動きだった可能性が強い。

 リビーのCIAに対する強迫観念が高じていった。

 リビーは、二人のスタッフと善後策について話した際、一人が記者に情報を流してはどうかと言ったのに対して、「盗聴できない回線を使って話す必要がある。そうしないとCIAとまた厄介だ」と答えた。

 また、彼はニューヨーク・タイムズ紙の記者、ジュディス・ミラーに対して「CIAのやつら、本当にけしからん。大量破壊兵器が見つからなかった場合に備えて、保身を図りやがって」と憤懣をぶちまけている。

 CIAは、見つかれば自分たちの手柄にし、それが見つからない場合も「だから、警告を発していたでしょ」と言い抜けするための口実づくりに乗り出していると彼は疑ったのである。

 ウォーターゲート事件のときもそうだったが、米国の政治スキャンダルは情報機関が絡んでくると傷口が大きくなる。

 それにしてもリークの動機は何だろうか。

 ウォーターゲートのときは、CIAとFBIの暗闘が底にあった。

 ワシントン・ポスト紙の特ダネのネタもととなったディープスロートとはFBIの高官だったことが、このほど本人が名乗り出たためわかった。リークの動機は、米国の民主主義の危機を感じての義憤といったものより、ニクソン・ホワイトハウスの介入によって出世街道から外された恨みだった。特ダネは組織に対する恨みから生まれるとの公理は、洋の東西を問わない。

 リビーのリーク行動様式は、自らの弱み(「ウラン購入問題」をはじめ戦争正当化論理の崩壊)を突かれ、過剰反応をして自滅した姿である。

 そこには、CIAの組織的抵抗と逆襲に対する恐怖心、チェイニーの目となり耳となってすべてを仕切ってきたプライドとおごり、それから、お家大事の忠誠心(それはしばしば保身の別名)の要素などがあっただろう。

 リークゲートの本質は、ホワイトハウスとCIAのインテリジェンスの所有権と解釈権、つまり情報パワーをめぐる暗闘である。

 その暗闘の中で、リビーはイラク戦争よりむしろ国内での組織間戦争の消耗戦に突入し、消耗しつくしたのである。

 リビーのリークは罪が重い。

 それは、仕事の任務上、明かしてはならないCIA工作要員の身元を暴露することで、その要員の生命を危険にさらす恐れがある。それは、国家安全保障をないがしろにする行為にほかならないからである。