船橋洋一の世界ブリーフィング

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No.764 [ 週刊朝日2005年12月2日号 ]

国際交流は、おせっかいの“寅さん精神”で進めよう。そこから、アイデアも影響力も生まれる

 北京市と北京大学が共催し、去年発足させた「北京フォーラム」に招かれ、国際関係分科会の討議に加わった。フォーラムは、アジア太平洋の知的交流を促そうというねらいで始まった。

 同分科会のテーマは「グローバリゼーション時代における東アジアと米国」。その中で、キショア・マブバニ・シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院院長の「東アジアの国際影響力はゼロに近い」発言をめぐって活発な議論が展開された。

 マブバニ氏は、もともとは外交官である。同大学院の院長に就任するまではシンガポールの国連大使を務めた。

「10年近く内部から国連の実態を見てきたが、東アジアが大きなアイデアを出したり、イニシアチブを取ったり、決定を下したりしたことは一度もなかった」

 マブバニ氏は、大使時代、国連がいちばん活発に議論したのは東ティモールとコソボに対する「人道介入」のときだったと言った。

「『保護する権利(right to protect)』という人道介入の根拠となるアイデアを最初に提示したのはカナダのNGOだった。ルワンダの悲劇(注1)の教訓がその背景にあった。その前の対人地雷禁止条約(注2)のアイデアも最初はカナダのNGOだった。東アジアは経済ではこれほど発展しているのに、いまだに欧米が世界と世界の知的社会を牛耳っている」

「アイデア提案とともに大切なことは、知的な課題設定である。どのテーマを選び、何を決定するのか。国際社会でそれを決めているのは欧米だ。その日、安保理でどの議題を取り上げるか。英国代表のスタッフは、これを取り上げれば明日のフィナンシャル・タイムズ紙の1面に掲載されるのは間違いありません、と耳打ちする。すると、それが取り上げられる。そうやってアジェンダは決められていく。東アジアの新聞に載ったからといって、それが国際世論を動かすだろうか」

 東アジアは要するにソフトパワー(注3)が弱いのだ、と氏は繰り返した。

 中国人の学者が唱和した。

「午前中、哲学分科会に出てきたが、儒教思想が21世紀にいかに重要な意味を持つか、熱心に議論していた。ただ、そうしたメッセージは世界にどれほど浸透するか、極めて疑問だ」

 マブバニ氏は、わが意を得たりというふうに答えた。

「国際政治も、重要なキーワードは、レジームチェンジ(体制転換)にしろ、(大量破壊兵器)非拡散にしろ、すべて欧米産だ」

 異論と反論も出された。

「東アジアの影響力は、日本の政権交代が可能になり、日本が国連安保理の常任理事国になれば、そして、中国が一党独裁から多党政治に変われば、アッという間に増大するだろう」

 これは、米名門大学の教授。アイデアの競争原理が働いていないところに問題があるというのだ。

「アジアのアイデアという言い方に違和感を覚える。なぜ、アイデアの所有権にそれほどこだわるのか。人類がそのアイデアで恩恵を受ければかまわないではないか。人権もどの国の人権だろうが変わらない、それと同じではないか」

 これは、インドネシアのシンクタンクのトップ。

「インドでは〈米国人はすべての国の隣人〉という。彼らは、世界のどこでも口を出して回らないと気が済まない。だが、アジア人は自分から積極的に介入し、影響力を高めようとはしない」

 これは、インドの大学教授。

 中国の大学教授からは次のような声が上がった。

「中国に関して言えば、市民社会が育っていないことが大きな壁になっている。識者は何か考えを世界に発言、発信しようとすると政府経由、政府依存でそれをしなければならない、そこに無力感を感じる」

 要は、独立した市民かどうか、そうした市民を擁する成熟した市民社会があるかどうかが影響力の源泉だとの見方だ。

 コーヒーブレークになった。

 いつものことだが、国際会議では、このときの会話でいちばんホンネが出る。

 別の中国の大学教授は「確かに、キショア(・マブバニ)の言うとおり、キーワードはみな欧米産だ。中国から何か世界に出す言葉がある? 『三つの代表』(注4)か?」と自嘲的に笑った。

 「三つの代表」は、江沢民前国家主席の時代、資本家も共産党の立派な構成要素であることを認めた、いわば資本家取り込み路線のことだ。

 東アジア国際政治を専攻する米国の大学教授は、日本のシンクタンクの弱さを口にした。

「日本には世界に通用するシンクタンクが一つもない。日本と知的交流しようとすると、日本の出席者は官僚とその出身者ばかりだ。それだと公式見解との違いが出ない。この会議でも、中国や東南アジアはシンクタンクの出席者が多い。日本は皆無ではないか」

 残念ながら、彼らの日本に関する発言はそれほど間違ってはいない。

 どうやら、日本社会の閉鎖性と中国政治の独裁性が、東アジアのアイデアと影響力の進展の阻害要因になっているようだ。その上、この両国は最近ケンカばかりしている。そうしたアジアの人々の苛立ちをこの会議でも感じた。

 地中海の文明交差史を研究したフェルナン・ブローデルが地中海文明の変遷を通して抽出した「与える者が優勢になる」という歴史の法則を思い出す。こちらから与えてこそ影響力は生まれる。

 東アジアは世界に市場や資本や製品を与えている。しかし、自然、環境、芸術、教育、開かれた差別のない社会など、人間の可能性を全開させる機会を十分に与えるに至っていない。

 実は日本にはさまざまなアイデアがある。人間と自然との共生にしても、強者と弱者の協同にしても、人と社会の関係にしても、個人と組織の関係にしても、いろいろなアイデアが企業や市民社会には潜んでおり、活用されている。

 しかし、新しいアイデアを政策として貫徹し、それによって社会と世界を変える、変えてみせるという信念が日本にはどこか欠けているのではないか。

 日本のシンクタンクの弱さの本質は、そこにあるかもしれない。

 もう一つ、日本はそうしたアイデアを世界の人々と共有し、それを使ってもらおうという意欲があまりないのではないか。

 足りないのは、おせっかい性である。下町精神である。“寅さん精神”である。

 限られた経験だが、私の見る限り、国際社会で活躍する日本人は例外なく、心配りのあるおせっかい性だ。国際人の血液型は、寅さん型である。


注1 多数派のフツ族が、少数派のツチ族に対して行った組織的虐殺。反政府ゲリラが政府軍を倒すまで、約80万人が犠牲になったとされる。

注2 対人地雷の開発、生産、貯蔵、使用等を禁じる。1997年12月にオタワで署名、99年3月発効。オタワ条約。

注3 軍事力や経済力ではなく、文化や芸術、理念等を背景に相手を引きつける力。

注4 中国共産党が、(1)先進的な生産力、(2)文化、(3)広範な人民の根本的利益の三つの価値を代表するという理論。