船橋洋一の世界ブリーフィング

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No.766 [ 週刊朝日2005年12月16日号 ]

韓国、次期大統領選の野党有力侯補の2人、朴槿恵と李明博、それぞれの魅力と対案

 ソウルで、次期大統領選挙の有力候補とされる野党第1党、ハンナラ党の朴槿恵代表(53)と、同じくハンナラ党の李明博ソウル市長(63)に続けてインタビューした。

 朴槿恵代表は朴正煕元大統領の長女。1974年、朴大統領暗殺未遂事件で死亡した母に代わってファーストレディーを務めた。初当選は98年。2004年3月、同党代表に就任。独身。

 盧武鉉政権は北朝鮮政策では、「平和繁栄」政策を掲げ、金大中政権の「太陽政策」よりさらに北朝鮮との関与の度合いを深めている。対するハンナラ党の対北朝鮮政策はどこが違うのか。わかりにくい。

 私は、まずその点をただした。

「野党だから、与党ほど政策が浮き彫りになりにくいが、私たちは四つの原則で臨むことにしている」

「第一に、対北支援では、北朝鮮の国民の暮らしの質の向上を重視し、また、北朝鮮と付き合う上では、民主主義のアイデンティティーをはっきりさせる。次に、対北政策は、国民の合意を取り付けながら行うようにする。三つ目は、北朝鮮を国際社会の責任ある一員として導き出すように努める。その際、周辺国の協力と共感を得るような外交をする。最後に、交流は交流、安保は安保、その両者を混同しないようにする」

 要するに、盧政権の対北政策は、北朝鮮の国民の暮らし無視、人権・民主主義軽視、コンセンサスなし、米韓同盟台なし、という批判と聞こえた。とりわけ、人権では「盧政権は、国連総会の北朝鮮の人権侵害非難決議に棄権したが、私たちは賛成する」と明快だ。

「米韓同盟をしっかりと守る。それを守ることが対北政策にもプラスになる。ニクソンだから中国に行けたように、われわれもしっかりしたアイデンティティーを持ってこそ北としっかり話し合いができる」

 共和党で保守派のニクソン大統領だからこそ、共産主義国の中国との国交正常化を国内保守派に納得させられた。同じ伝で、保守ハンナラだからこそ北に対しても毅然としつつ、柔軟に対応できるし、そうしてみせる、との意気込みである。

 02年5月に、平壌で、北朝鮮の金正日国防委員長と単独で会談、食事をした。

 韓国から北朝鮮に拉致された人々の調査、韓国軍の捕虜行方不明者の生死の確認、離散家族の面会所の設置などを要請、金正日氏は、その場で約束した。

 その際、金正日氏は、青瓦台襲撃未遂事件(注1)について、「一部の過激主義者による犯罪行為だった。関係者はすでに処罰した。謝罪する」と謝った。

 金正日氏は、朴正煕元大統領を高く評価した。

「経済発展を成功させたこと、とりわけそれに当たって示したリーダーシップを高く評価した。また、セマウル運動(注2)についてたいへん興味を示した」

「それによって韓国は貧困を乗り越えるきっかけを徐々につかんだ。農村だけでなく、それを企業、職場にも広げていった、そういうことを説明した。その後、資料を送った」

 中国の改革・開放もいいが、北朝鮮がいちばん参考にすべきは朴正煕経済開発戦略ではないか。

 ところで、悪化の一途をたどる日韓関係についてはどうすべきか。

「経済、安保両面の協力を強化し、パートナーシップ関係に高める必要がある」

「指導者の影響力は大きいのだから、責任も大きい。言葉を選び、行動も慎重にする、その努力が必要だ」

 ここも名指しはしないが、盧批判である。「言葉も行動も多ければ多いほどいい、というものではない。控えるところは控えることも大切だ」とダメを押した。

 清楚。落ち着いた物腰。静かな口調。言葉を一つひとつ選んで丁寧に答える姿勢。それらが印象的だった。

 ホテルで雇った車の運転手は「彼女は素晴らしい。自分は彼女に投票する。ただ、彼女は当選しないだろう。韓国はまだ、女性を大統領にするところまで行っていないからだ」と言った。

 女性の政治指導者にとっての壁はあるのかどうか、私は聞いた。朴槿恵代表は答えた。

「ないと言えばウソになる。女性は弱い、という先入観がある。強いがそう見せないのもテクニックの一つだと割り切っている。原則を守ることが何よりも大切なことなのだから」

 李明博氏は65年、「現代」に入社。創業者の鄭周永氏に認められ、77年、35歳で「現代建設」の社長を務めた。鄭氏とともに中小企業だった同社を世界企業に育てた立志伝中の人物である。

 市長選では、どぶ川だった市内の清渓川(チョンゲチョン)の浄化再生を公約に掲げ当選。このほど、それを実現した。市政に企業経営感覚を導入、「CEO市長」として市民の好感度は高い。

 渡された名刺にはHiseoul A World Class Cityと記されたCDが埋め込まれている。

盧政権を押し上げ、いま政権の中枢で活躍している386世代(注3)をどう評価するのか、私は尋ねた。

「確かに、盧政権の386世代は脚光を浴びている。しかし、国民の中にはこの世代に対して失望感も生まれている。彼らは反独裁、民主化の学生運動の指導者、経験者だが、この世代は政権を担当するにはちょっと荷が重すぎるのではないかとの国民の声もある。むしろ、これからは、彼らよりもっと若い層が出てくるのではないか。それに、最近は平均寿命が延びているので、老人の活動時期も長くなっている」

 どうやら、政治ジャンキーの386世代にかなりの違和感を持っているようだ。

 北朝鮮政策と韓米関係について。

「韓国は、戦争だけは絶対にしないという立場。米国は核拡散は絶対に認めないという立場。そこに意見の差があると思う」

 米韓の対北政策調整の難しさをズバリ射ぬいた言葉だ。

 大統領となれば、サラリーマン出身の大統領となる。

 30代、40代のサラリーマンに何か助言は?

「育児と仕事、一生懸命のときだ。自分のことで精いっぱいのころだ。それでも、この社会は自分一人では成り立たない。隣の人々と共存してこそ、幸せもあるということを心のどこかに留めておいてほしい」

 インタビューの途中で撮影した写真が、Hiseoulの額に入れられ、私の手元に届けられた。何事もスピード、言ったことは直ちに実行する、これも李明博流儀なのだろう。

 大統領選挙は2007年。最近の世論調査では、ハンナラ党の次期大統領候補は、李明博、朴槿恵の両氏に絞られた形だ。与党(ウリ党)からは鄭東泳統一相が名乗りを上げているが、盧政権の支持率が20%程度と低迷する中、人気が盛り上がらない。


注1 1968年1月21日、北朝鮮の特殊部隊が朴正煕大統領暗殺をねらって青瓦台(大統領官邸)を襲撃した事件。

注2 「勤勉、自助、協同」をスローガンに1971年から本格化した農村近代化運動。

注3 30代で、80年代に大学生活を送った60年代生まれをコンピューター用語にひっかけた言葉。韓国の中核世代と言われる。