船橋洋一の世界ブリーフィング

船橋洋一顔写真

No.768 [ 週刊朝日2005年12月30日号 ]

国際問題化してきた日本の歴史問題
中韓米による対日ガイアツの危険性

 投資信託会社を経営する米国の友人から聞いた話だが、この投資信託がこのほど東京で理事会を開いた際、経営陣と理事たちが、靖国神社の遊就館(注1)を一緒に見学した。

 理事たちに東京ではどこを見たいか、とアンケートを採ったところ、築地の魚河岸に次いで、靖国神社と答えたものが多かったからだそうだ。

 小泉純一郎首相の靖国神社参拝問題が深刻な外交問題になり、北東アジアの紛争マグマとなって以来、遊就館は国際問題に関心のある米国人のちょっとした観光名所になりつつあるようだ。

 今年の夏、見学してきたという米議会の知日派のスタッフは、見学してショックを受けたと告白した。

「行くまでは日本の歴史問題は中国や韓国の被害者意識と内政操作の産物と思っていたが、行ってみてそこに示されている戦争観に違和感を抱いた。これでは中韓の国民が日本の首相参拝に憤るのもムリはないと思った」

 靖国神社のパンフレット、「やすくに大百科」によれば、ここに祀られているA級戦犯(注2)をはじめとする戦犯は、「日本と戦った連合軍の、形ばかりの裁判によって一方的に“戦争犯罪人”という、ぬれぎぬを着せられ、むざんにも生命をたたれた」人々であり、「昭和殉難者」とされている。

 このほど、釜山のAPEC首脳会合とその前後に行われた日韓、中韓、米韓、日米、米中の首脳会談でも、日本の歴史問題が大きなテーマとなった。

「日本の歴史問題がこれほど大きな外交案件になったのは初めてのこと。このままだと米国にとっての外交的地雷原になりかねない。下手に仲介役などを買ってでると、吹っ飛ばされる危険がある」

 と米政府高官は私に語った。

 中韓とも米国に、日本の歴史問題への見解と立場を明確に表明すべきだ、と迫った。

 盧武鉉大統領は、ブッシュ米大統領に小泉首相にこの問題でもっと強く当たってほしいと要請したが、ブッシュは慎重姿勢を崩さなかった。韓国側は、この対応に不満を隠していない。

 中国の場合、A級戦犯が合祀されている靖国神社に首相が参拝することは、東京裁判の判決を日本がないがしろにしようとしている表れであり、米国はそれを放置しておくつもりか、という論理で押した。

 ここでも、ブッシュは慎重姿勢に終始したという。

 歴史問題は、北東アジア国際政治の大きなテーマとして浮上しつつある。

 紛争予防専門の国際NGOであるICG(国際危機グループ、本部ブリュッセル)が、この歴史問題を「東北アジアの紛争底流」と名付け、問題解決に向けて、日中韓米の4カ国に対して政策提言を行った。

 まず、4カ国に共通して行った提言の主なものは以下のとおりである。

▽歴史問題と外交を切り離す。世論の変動に左右されずに、政府間レベルの定期接触を継続する。

▽歴史の展示の共通標準をつくるため、博物館の館長と学者による委員会を設置する。歴史の展示は、民族主義ではなく、普遍的な人間的災難、苦難とそこからの回復、再生に焦点を当てる。

▽紛争地域における一方的軍事演習を控える。

 それとともに、国別にも政策提言をしている。

【日本】

▽日本の戦争犯罪の犠牲になった生存者、特にいわゆる従軍慰安婦、強制労働者、生物兵器実験の対象者を支援するための公的基金を設置する。

▽第2次世界大戦と植民地時代の公文書を公開する。

▽靖国神社への公式参拝に代わる戦争犠牲者を追悼する非宗教的な代替施設を建設する。

【韓国】

▽現行国境条約を受け入れ、それを基に平和的再統一を追求することを明確に宣言する。

▽1965年の日韓基本条約では補償の対象にならなかった植民地支配の犠牲者の個人の補償のための公的基金を設置する。

▽日韓基本条約によって提供された日本の経済協力に対して公にそれを認知し、感謝する。

【中国】

▽中国のインターネット使用者に日本と西欧のメディアへのより大きなアクセスを認める。

▽東シナ海での石油・ガスの日本の共同開発提案を原則として受け入れる。

▽中国の経済発展における日本の役割を公に認める。

【米国】

▽日韓の安全保障対話を発展させるため、日米韓の政策協調を強化する。

▽日本の医学実験や他の戦争犯罪に関する第2次世界大戦末期に没収した資料を公開する。

 独立した民間の国際NGOがこのような具体的政策にまで踏み込んだ提言を発表したこと自体、日中韓の歴史問題が国際問題化してきたことを物語っている。

 なかでも、米国の知日派の間で、首相の靖国神社参拝をめぐって日本と中国、韓国との関係が険悪になってきたことを心配する声が高まってきている。

 マイケル・アマコスト元米駐日大使は、「日本が歴史問題で近隣諸国との関係が悪くなるということは、日本が外交のオプション(選択)の幅を狭めるということであり、それは日米関係にとっても、米国にとっても望ましくない」と記している。

 また、米外交政策の専門家であるモートン・アブラモーウィッツ、スティーブン・ボズワース両氏は、近く刊行される予定の共著、『ポスト・アメリカの世紀における東アジア』(仮タイトル)の中で、日本が歴史問題を十分に克服してこなかったため、「日本の貿易、投資、それに中国を含む近隣諸国に対する経済援助からして本来、日本が期待できる影響力よりはるかに小さい影響力しか日本は発揮できなくなってしまった」と指摘し、「米国政府は、この問題に対する従来の見て見ぬふりの姿勢を改め、日本の過去に対する取り組みには満足していないと日本に静かに伝えるべきである」と述べている。

 2人とも長年アジアを専門に担当してきた練達の外交官のOBである。

 その論旨の粗っぽさもものかは、米国のイラク戦争という“聖戦”が論理の穴を埋めてしまったのかなと思ったりもする。

 日本の歴史問題の克服は、自らの手によって果断に進めるべきである。さもなくば、またまた「ガイアツ」によって収拾させられる危険がある。その場合は、中韓米によるガイアツとなるだろう。それは、将来、日本国内に反動をもたらし、禍根を残す。


注1 靖国神社境内の歴史展示館。幕末の志士の肖像画、明治期の軍服など日本の近現代を中心に約5千点の資料を展示。太平洋戦争の資料では、特攻隊員の遺品、人間魚雷「回天一型」、女子挺身隊員の血染めの日章旗などが展示されている。

注2 極東国際軍事裁判(東京裁判)で、侵略戦争を計画・実行したとして「平和に対する罪」などで起訴された政治・外交・軍事の指導者で、東条英機元首相ら28人。このうち靖国神社に合祀されているのは14人。