船橋洋一の世界ブリーフィング

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No.773 [ 週刊朝日2006年2月10日号 ]

イラン核危機に取り組む6者協議から日本は外された。ここでもまた外交力の弱まり

 イランが国際原子力機関(IAEA)の封印を破り、イラン中部のナタンズにあるウラン濃縮施設を稼働し始めた。

 これに対し、IAEAは2月2日、緊急理事会を開き、この問題を国連安全保障理事会に提起し、経済制裁を含む対応策を議論する。

 北朝鮮の核危機に続いて、イランの核危機が国際政治の台風の目となってきた。

 イランは、原子力の平和利用はNPT条約加盟国の非核国の権利(第4条=注1)であり、ウラン濃縮はその権利の行使であるとの理屈で、研究開発を正当化しようとしている。

 そもそも、NPT体制(注2)は5カ国の国連安保理常任理事国の核保有のみを認め、その他はいっさい認めない不公平な体制であり、そのことに対する非核国の不満は強い。その上、中東ではイスラエルのみが事実上の核保有国となり、核の独占状態を維持している。それを欧米は非難しない。それに対する批判も強い。

 こうしたことから、IAEAの理事会(35カ国)でも、非同盟諸国の中にはイランに同情的なところも多い。

 イランは2004年11月、英独仏と核研究開発を凍結することで合意したが、昨年6月の選挙で革命原理の再興を唱えて当選したアフマディネジャド大統領は、合意したハタミ前政権の政策を「対米追随従属外交」と批判、凍結のための封印を一方的に解除した。

 米国では、これに対して、大きく分けて三つの対応策が唱えられている。
【軍事的外科手術】

 ジョン・マケイン上院議員(共和党、アリゾナ州)は「米国が軍事的な選択をする以上に悪いことが一つだけある。それは核武装したイランが登場することだ」と宣言している。

 軍事的選択とは、イランの核施設だけを軍事的に、いわば外科手術的に破壊することを指す。

 こうした強硬意見の背景には、「イスラエルは地図から抹殺するのがよろしい」といった発言をするアフマディネジャド大統領らの存在があり、狂信的な指導層には通常の経済的、外交的手段では行動を抑制することは難しいとの状況認識がある。

 しかし、米国の情報機関がイランの核開発施設の位置・場所をすべてつかんでいるわけではない。

 米国の代わりにイスラエルが核施設を空爆するオプションもありうる。チェイニー米副大統領などは早くもそれをにおわしている。1981年、イスラエルはイラク・オシラクの核施設を空爆した。このとき米国は批判したが、内心、多としたものである。

 ただ、イスラエルの情報機関も状況を的確につかんでいるわけではないし、攻撃用のF15は、イラン東部までは遠すぎて、飛べない。その上、もし、イスラエルがそれを実施しようとした場合、米国が空域をコントロールしているイラク上空を通過する。米国は傍観者を装うわけにはいかない。
【国連安保理に付託し、経済制裁】

 安保理に付託し、核開発を断念するように圧力をかける。イランがそれを無視し、核開発を続けるのであれば経済制裁を科す。

 民主党の2008年大統領選挙の候補者と目されているヒラリー・クリントン上院議員(ニューヨーク州)やエバン・バイ上院議員(インディアナ州)らはこれを主張している。

 このシナリオが可能になるには、ロシアと中国が拒否権を発動しないことが前提となるが、中国は経済制裁はおろか国連安保理への付託そのものにさえ難色を示している。イランは石油輸入に極めて重要な国なのだ。ロシアも、イランに多くの経済権益を持っており、制裁に抵抗する可能性が強い。かつて核開発問題で3回、国連安保理に付託されたものの、いずれも野ざらしにされた北朝鮮のケースのようになりかねない。
【イランの改革路線を促進】

 イランは北朝鮮とは違う。議会もあれば、選挙もある。イランの識者は海外を旅行し、海外でビジネスをしている。イランの中の改革派と改革路線を励まし、支援すれば、イランは何が何でも核開発を進めようとはしなくなるだろう。

 ノーベル平和賞(03年)を受賞したイランの女性弁護士で人権活動家、シリン・エバディ氏は、「欧米は、イランが、政治犯釈放、言論の自由の容認などの意味ある、持続的な改革に乗り出すことを見極めた上で、IAEAの厳格な保障措置の下でのイランのウラン濃縮計画を認めるべきである」と提唱している。

 しかし、同時に「イラン人の多数は、(アフマディネジャドのような)強硬派を軽蔑しているが、同時に、核開発は経済的に正当化されるはずであるということのほかに、核は、古代からの栄光に包まれた歴史を持つ国家のプライドの源になっている」とも述べている。

 改革路線を支持したからといって、イランが核開発を放棄する保証はない。

 イランが核保有国になれば、サウジアラビア、トルコ、エジプトなども核開発へ向かい、中東の核軍拡競争を引き起こす可能性がある。

 そうなれば、NPT体制は確実に崩壊に向かい、北朝鮮の核問題解決も望み薄になるだろう。NPT体制下の非核国の安全保障は大いに損なわれることになるだろう。ほうっておくわけにはいかない。しかし、リスクも大きい。

 イランは人口7千万の大国で、悠久の歴史を持つ。民族意識は強烈だ。地政学的に重要な位置を占める。イラクとアフガニスタンは隣国で、宗教面(シーア派)も含め影響力は強い。米国がイランを攻撃すれば、この両国はまたたく間に内戦状態になるだろう。

 世界第4位の産油国である。対イラン経済制裁となった場合、石油価格は急上昇し、世界経済を大混乱に陥れる恐れが強い。

 ところで、イランの核問題には国連安保理の常任理事国(P5)にドイツを加えた6カ国の協議機構が形成されることになった。

 日本はここには入っていない。

 日本の被爆国としての経験、その後の非核国としての核不拡散への貢献、イランの核問題に対するこれまでの外交努力、イランの石油の大口の輸入国である立場(日本にとってイランは第3位の石油輸入先)、北朝鮮の核問題への意味合いの大きさと日本の安全保障への影響などを考えると、日本もこのグループに入って積極的な外交を推進しなければならないところである。

 それが外されてしまった。

 急速に萎えつつある日本外交の姿がここにも見える。


注1 核不拡散条約(NPT)は米ロ英仏中の5カ国の核独占を認めるかわりに、「加盟国の奪い得ない権利」(第4条)として「核の平和利用」を認めた。

注2 70年に発効したNPTに基づき、核保有国5カ国には核軍縮を求め、非核保有国には核兵器の製造・取得を禁じる国際秩序のあり方。