船橋洋一の世界ブリーフィング

船橋洋一顔写真

No.774 [ 週刊朝日2006年2月17日号 ]

「狼の乳を飲み続ける中国の青少年」を育てる歴史教育。やはり必要な日中の歴史対話

「24日は、『氷点』の締め切り日であり、北京の『氷点』編集部も平常どおり編集部に人々が集まり、真剣に最新版の校了作業を行った。午後4時過ぎ、版の編集も終わり、総編集の審査印を求めてゲラを提出した」

「いつもと異なるのは、遅々として回答がなかったことであった。新聞社指導層全員が、共青団(注1)中央の開催した緊急会議に招集された」

 発行停止処分となった週刊紙、「氷点週刊」=中国青年報(共青団機関紙)発行=の李大同主任編集長は、米国の中国ニュースサイト「多維ネット」(1月25日付)に、このような公開抗議書簡を載せた。

「その前日、中央宣伝部の紙面批評の小組が『氷点』の袁偉時・中山大学歴史学教授の『現代化と歴史教科書』について文化大革命式に些細なことを教条的に非難し、政治路線闘争にまで引き上げて大げさにメチャクチャな非難を行っているのを見て、主任編集長として、私は辞職の時がくると予期していた」

 中国共産党は、共青団中央宣伝部名で、袁教授の文章の中に「帝国主義列強の中国侵略の罪という歴史事実に反し、新聞宣伝規律に反するという重大な違反があったこと」を処分の理由に挙げている。

「氷点週刊」は1995年、刊行。良質にして躍動的な社会派ジャーナリズムとして改革派の人々に支持されてきた。

 袁教授は論文を次のように書きだす。

《中国では、1949年の建国後、反右派闘争(注2)、大躍進(注3)、文化大革命という三つの災難を経験し、人々は1970年代になって、「われわれは狼の乳を飲んでしまった」と沈痛に自覚するに至った。それから20年以上を経て、私は中国の歴史教科書を読み、「われわれの青少年は、依然、狼の乳を飲み続けている」ことを知り、愕然とした》

「狼の乳」とは「誤った思想、文化、観点」のことである。

 一例として、義和団事件(注4)を取り上げる。

《「8カ国連合軍が北京占領後、放火略奪を行った」など一部の記述を除き、次のとおり誤りの連続である。

(1)義和団が現代文明を敵視し、外国人および外国文化を盲目的に排斥した愚劣な行為について言及がない。

(2)清の高級官僚および義和団の殺戮、放火略奪の罪についての批判がない。

(3)西太后の専制、邪(よこしま)な政治がきわめて大きな災いをもたらしたことについての記述がない。

 これに比べ、香港の教科書では、義和団が、外国人、洋書を所蔵する者、メガネをかけた者などを殺したこと、教会、電線、線路などを破壊したことが非難されている。また、義和団事件発生の背景について、(1)民族感情(2)人民の生活困窮(3)列強の侵略(4)キリスト教教会と人民との訴訟事件の頻発、があると分析している》

《中国の教科書は、義和団事件の野蛮行為をいまなお「革命」とたたえている。ある者は、現行の国際条約を遵守する観点を主張する者を「売国奴」「投降者」と過激な批判を加えている。

 結局のところ、これは革命を粗略に扱う害毒だ》

 当時も今も、共通している中国の国民性、つまり中国特有の論理や思考形態がある、と教授は言う。

(1)中華文化こそ最高のものである。

(2)外来文化の邪悪さによって中国文化の純潔が浸食されている。

(3)政権、あるいは暴徒の専制的な暴力を用いて、思想文化分野の邪悪を排除しなければならない、あるいは排除できる。

 といった思い込みである。

 教授は、一方で「一部の右翼勢力が編纂した」日本の歴史教科書が、「歴史の真相を包み隠し、日本政府の犯した侵略の罪状を否認し」ていることを批判する。

《1982年、1986年、1996年にも改編された歴史教科書が歴史を歪曲し、日本の国内外の義憤を引き起こした。これは、日本の思想文化分野における難治の病気であり、多くの人々に、日本人には反省をする意識が不足しているとの深い印象を与えた。人々は、なぜ日本では罪を認めようとしない現象が表れるのか、これは大和民族特有の欠陥なのかと問うている》

 しかし、教授は同時に、中国の歴史教科書も実は日本と「類似の問題」を抱えている、と指摘する。

《日本は侵略者で、中国はその被害者である点は明確に異なる。ただ、両者には共通点もある。両者とも社会の主流文化は、自己の近代史に対する深い反省が足りないということである》

 中国は90年代になってから愛国主義教育を一段と強化しはじめた。

 しかし、袁教授はその危険性を警告する。愛国には2通りの表現があるからだ。

《ひとつは、盲目的に民族感情を扇動することである。中国の伝統文化には「華夷」をことさらに言い立て、「わが民族でなければ人に非ず」といった概念が骨の髄までしみこんでいる。この毒はいまだに清められていない。新しい教科書では、中国と外国の矛盾において中国が必ず正しく、反列強、反外国人こそ愛国であるとされている。史料の選択、利用においても、真偽にかかわらず、中国に有利であれば利用するというやり方をとっている。

 もう一つは、理性的な態度ですべてを分析するというものである。是は是,非は非として、冷静、客観的、包括的にすべての対外矛盾に対応し、かつ処理することである》

《侮辱され、被害を受けたことによる屈辱は、中国に新たな思想的な状況をもたらした。それは、「洋鬼子」は侵略者なのだから、彼らに対して中国人が何をしようと理があり、賛美されなければならない。これは愛国主義の要請なのだ、というものだ》

 「いまの中国の歴史教科書はそれを指導原理としている」ことを教授は告発するのである。

 90年代半ば以降、日本でも反中、嫌韓の「狼の乳」を飲んで、牙をむいたり、うなり声を上げたりする風潮が広まった。それが小泉純一郎首相の靖国神社参拝の気分的下支えとなった。

 2004年夏と05年春の中国の反日デモがその気分をさらに凝固させた。

 ロバート・ゼーリック米国務副長官の提唱した日米中の歴史学者などによる民間の歴史問題克服のための共同研究構想に対しては、中国側が気乗り薄で、実現の可能性はほとんどなくなった。

 それならそれで、日中で歴史問題克服のための真剣な歴史対話を始めるべきである。

 相手が一党独裁体制の中国では対話は成り立たないという意見もある。

 しかし、中国の中にも袁教授のような意見もある。難しいことは承知の上だが、民間レベルで対話を始めることはできる。


注1 7千万人以上の若者が加入する共産主義青年団。共産党の予備軍とされ、胡錦涛国家主席もこのトップだった。

注2 1950年代後半、毛沢東主席が「百花斉放、百家争鳴」と自由な意見を求めた後、57年から弾圧に転じた。

注3 58年から、工業化・農業の近代化を進めた運動。人民公社を各地に設立し、森林を開拓。失敗に終わった。

注4 爆発的に広がった反帝国主義「義和団」が1900年、北京を掌握、英米独仏など列強8カ国と戦闘、敗北した。