船橋洋一の世界ブリーフィング

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No.777 [ 週刊朝日2006年3月10日号 ]

日米同盟の強化は小泉政権の最大の外交成果のはずだったが、これだけの難問が待ち受けている

 ワシントンで絶滅種とも言うべき種族はいまや親日派である。

 リチャード・アーミテージ国務副長官やマイケル・グリーン国家安全保障会議(NSC)上級アジア部長らが政権を去ってからというもの、ブッシュ政権の高官(政治任命者)で親日派は一人もいないと言っても言いすぎではない。

 この町の関心があげて中国に向かう中、日本が自国の存在感を維持するのはますます難しくなりつつある。

 それでも、ブッシュ大統領と小泉首相の“盟友関係”が続いているおかげで、日本はまだ助かっているところがある。

 だが、いよいよポスト・コイズミ時代が迫ってくる。「日米関係の黄金時代」も終わりに近づきつつある。

 日本が9・11テロ後の対テロ戦争で自衛隊をアフガニスタン、イラクに続けて派遣したことで、米国の日本に対する評価は一気に高まった。だが、陸上自衛隊も今年中には撤退するだろう。同盟連帯のシンボルはなくなる。

 そもそも、日米間では、テロに対する脅威認識や対応は必ずしも同じではない。米国は「対テロ戦争」をドクトリンとし、ますますそれに傾斜しているが、日本は、グローバル・テロには経済発展、外交、治安といった多層的なアプローチで臨むべきで、軍事作戦は時に逆効果であると考えている。今後、足並みがそろわなくなる可能性も強い。

 「中国台頭」に対しては、日米はほぼ同じ歩調を取ってきた。中国の台湾軍事侵攻を牽制する一方、台湾の一方的な独立は認めないとの両にらみで圧力をかけてきた。それは一定の効き目があった。台湾海峡は現在、いちおう安定している。

 しかし、小泉時代の日米同盟強化は中国の強い警戒感を呼び起こした。「従来の日米同盟には日本の再軍備化を抑え込む要素があったが、ブッシュ・コイズミ時代の日米同盟強化は日本の再軍備化を促進する要素が強い」と中国は身構えている。日米が、中国に対するヘッジング・ストラテジー(脅威となった場合の対応戦略)に舵取りを切り替えつつあると中国は見るのである。

 とりわけ日中関係が悪化している中での強化だけに、中国はそれを対中強硬路線の表れと見なしがちだ。

 中国や韓国では「日米同盟は冷戦時代の遺物」といった受け止め方が広まっている。日米同盟の突出が日米対中韓の分断、対立を招き、それを固定化しかねないという批判と不安が強まっている。

 日米同盟強化に臆病になる必要はないが、同時に近隣諸国との関係改善など地域協力に真剣に取り組まないと、不必要な脅威感を近隣諸国に与えることになる。

 日米同盟が北東アジアも含め東アジア地域に対する「安定力」であることをもっと丁寧に説明し、態度で示すことが大切である。

 小泉時代、日米ともに、そうした努力が決定的に欠けていた。アジアの地域協力と日米同盟をいかに意味ある形で連携させ、統合するのかというビジョンを示し得なかった。

 首相の靖国神社参拝はその意味でもマイナスだった。

 ブッシュ政権は、ポスト・コイズミ時代の日本の指導者も靖国神社を参拝するのかどうか、固唾をのんで見守っている。表向きは日本の内政問題ということで干渉しない方針だが、政府部内、とりわけ国務省内からは「やめさせるべきだ」という声が聞かれる。

 中堅の国務省幹部は明かした。

「日本の政治家は、反対するのは中韓2カ国だけだとか言っているが、そんなことはない。東南アジアの米大使館からは『この問題では日本を弁護できない。この問題のせいで日米同盟に対する非難も強まっている。米国の国益上からも日本にモノ申すべきだ』という意見が寄せられている」

 加えて、北朝鮮とイランの核問題がある。

 北朝鮮の核問題については、脅威認識や北東アジアの将来ビジョンをめぐって、日米と中韓の間で対立が見られる。

 しかし、もし、北朝鮮が核保有国になった場合、日米の間でも深刻な矛盾が表面化する危険がある。米国の抑止力と日米同盟の抑止力(米国の拡大抑止力、つまり「核の傘」の効果も含めて)に疑問が投げかけられることになるだろう。日本の核保有論も噴き出すかもしれない。それに対して米国が過剰反応をするかもしれない。

 そのときは、米国中心の同盟システムそのものが揺らぐことになるだろう。

 イランの濃縮ウラン開発に対する制裁をめぐっても、日米間の利害と意見の相違があらわになる危険もある。

 イランの核開発は核兵器開発を目指していると見られており、日本はそれを認めるわけにはいかない。イランのは認め、北朝鮮のは認めないというわけにはいかない。北朝鮮の核開発は日本にとって直接の脅威である。それは認められない。従って、イランのそれも認められない。そこは不動の外交方針でなければならない。

 ただ、断念させるには経済制裁しかないのか。経済制裁をすればイランはやめるのか……米国はすでに制裁論に向かっている。

 イランは日本にとって、3番目の石油輸入国である。イランと国交がなく、石油を輸入していない米国とはそこは違う。また、日本はイラン・アザデガン油田の鉱区を取得し、開発に着手している。経済制裁に加われば、その権益も失うことになりかねない。同盟国では時に、「agree to disagree」(立場の違いを互いに了承し合う)外交の妙が求められる。イランの核問題がさらに深刻になると、石油開発をめぐる外交の妙がきかなくなる可能性が出てくる。

 もう一つ日米の同盟力維持で気になることがある。ペンタゴン(国防総省)が最近、日本に対して厳しい姿勢を取るようになったことだ。最大の要因は、ラムズフェルド国防長官が主導するトランスフォーメーション(世界規模での軍事再編)がこと日本に対してはうまくいかないためである。

 2003年秋、米国はトランスフォーメーションの一環として日米同盟における兵力見直しの検討を要請、日本はそれを受け入れた。基地問題をよりよく解決する格好の機会が訪れた。

 しかし、日本側には、この挑戦に正面から立ち向かい、骨太の安全保障政策を確立する政治意思と政治指導力が欠けていた。

 米海兵隊の普天間飛行場の移転問題も二転三転した揚げ句、キャンプ・シュワブの海兵隊兵舎区域を中心に辺野古浅瀬と大浦湾にまたがる滑走路建設案(辺野古崎案)で日米は妥協した。ただ、これはまだ地元の了承を得ていない。

 10年たっても、普天間基地移転はなお漂流している。

 同盟は、同盟を支えるさまざまな環の中のいちばん弱い環の力以上の強さを持つことはできない。

 日米同盟の場合、そのいちばん弱い連環は、沖縄の米軍基地の構造なのである。