船橋洋一の世界ブリーフィング

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No.782 [ 週刊朝日2006年4月14日号 ]

変わったから回復したのか、変わらなかったから回復したのか、「日本カムバック」、次の課題

 Welcome Back, Japan

 このほど掲載されたウォールストリート・ジャーナル紙の論評記事の見出しである。

 米国では、日本経済のたくましい回復と力強い経済成長に関する特集記事がこのところ毎週のように掲載されている。

 ワシントン・ポスト紙の経済面には、パフォーマンス抜群の米国の人気投資信託の番付表が載った。そのうちほぼ半分が日本株を積極的に組み込んだファンド、と注釈がついている。

 破綻国家の人道支援を手がける国際NGOトップの米国の友人と朝食をしたら、「日本はすごいね。やっぱり日本には底力がある」とまったく“場違い”の話から始めた。どうやら日本株でしこたま儲けたらしい。ホクホク顔だ。

 日本銀行が3月上旬、5年ぶりに量的緩和から脱却し、「普通の国」ならぬ「普通の中央銀行」として利上げできる体制に戻ることを決めたことは、「all clear(きれいさっぱりになりました)」のシグナルと受け止められている。これが日本発の「日本カムバック」宣言と見なされているのだ。

 メディアは主に、「変わりつつある日本」に照準を当てている。

 NPR(ナショナル・パブリック・ラジオ)(注)は、このほど日本からの特別リポートを放送していた。

 30代の起業家が市場に活力を吹き込んでいる。M&Aを含め、グローバリゼーションの大波に雄々しく飛び込んでいった企業がビジネス最前線で牽引力となっている、うんぬん。

 ウォールストリート・ジャーナル紙は、やはり30代の新たな消費層の登場に光を当てている。世界の一流ブランドをこれ見よがしにつけて闊歩する日本人が増えれば増えるほど、世界の高級品の消費は増加するので世界は大歓迎と正直だ。

 インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙(3月23日付)は、薄型テレビに使われる液晶ディスプレーに特化した経営によって見事にカムバックしたシャープを取り上げ、「サバイバルは革新をするかどうか、そして、誰も手がけないことをやるかどうか、で決まる」との町田勝彦社長の発言を載せている。
〈日本企業は、リスク・テーカーになりつつある〉

 記事のメッセージは、その一点である。

 しかし、日本経済は本当に改革を進めたからカムバックしたのか、つまり、日本は変わったから回復したのか。

 改革、革新のかけ声はどの企業もかまびすしいが、本当に改革、革新した企業は実は少数なのではないか。

 企業は大量の首切りをせずに過剰人員を抱え、銀行は大量の不良資産を抱えたゾンビー(死に体)企業を超低金利融資で何とか食いつながせ、国が公的資金をぶち込んで銀行を生き返らせた。そのおかげで、日本経済は何とか生き延びた。

 おまけに、経済敗戦の戦犯の自民党・霞が関はまったくのおとがめなし。政治家たちは、小泉改革とやらの改革幻想をふりまいた。

 小泉政権は郵政改革を成し遂げたですって?

 金利が上がれば、郵貯(定額貯金)から民間銀行へお金は逃げる。そうなれば支払いのために国債を売らなければならない。国債価格は暴落する。それも覚悟の民営化ならそれはそれでいいが、ツケは財政に回る。

「カタツムリ変化」「みんなで渡れば怖くないリスク・テーク」「何が何でも社会秩序維持」の日本流改革3点セットは、依然健在だったということである。

 それが必ずしも悪いと言っているのではない。

 90年代後半の日本経済のあの危機的状況を思うとき、本格的改革に失敗した日本流がかえって日本と世界を大不況にすることを防いだということもできる。

 フィナンシャル・タイムズ紙のマーティン・ウルフは「日本の改革失敗は、その経済回復を妨げなかった」と題するコラムでこの逆説を鋭く分析している。

 ウルフによれば、日本回復の原動力は、円安と中国市場と企業の資本形成だった。つまり、従来と同じく輸出と企業の設備投資が牽引したのであり、内需と個人消費による押し上げではなかったと見るのである。

「もし、株主が世界標準の配当を要求し、それを経営者が受け入れるといった形で日本経済が改革を進めていたなら、日本の企業の投資は崩壊していただろう」

 かくして、ウルフは喝破する。

「今日の新しい日本は本質的に古い日本である」

「日本はまったく新たな経済をつくりだして、回復したのではない。ようやくバブルの後始末を、それも部分的に、終えたから、回復したのである」

(ちなみに、ウルフのコラムは世界の有力紙で私がいちばんひいきにしている)

 煮え切らない日本の改革は、グローバリゼーションの効用を貪欲に摂取し、同時にその悪作用を巧みに排除することが求められる時代の生き方の一つの流儀かもしれない。中国のようにグローバリゼーションの荒波を体内の毛細管までしみこませると、劇薬のように効果てきめんだが、反作用も激しい。すでに中国各地で頻発している農民、鉱山労働者、都市不法流入者らの「弱者の反乱」は社会安定を根底から脅かしている。

 そうした社会に比べると、日本の社会に埋め込まれている衝撃クッションははるかに分厚い。格差問題がにわかに政治的争点となりつつあるようだが、所得格差拡大がその他の政治的、文化的格差拡大を固定化させることに対する社会的緩和機能はまだ健在である。

 それでは、カムバック日本のこれからの課題は何か。

(1)少子高齢化と生産性向上への長期的取り組み(たとえば、女性、若者、高齢者労働力フル稼働)

(2)中国の挑戦に対し、対中進出以外の戦略展開(たとえば、インド、インドネシア、ベトナム)

(3)モノづくりプラスのプラスをより明確な形で定義、実現、新たな日本の国際競争力の土台構築(たとえば、教育、文化、生きがい)

 といったところだろう。

 要は、新たな国家目標と国づくりの再設定こそが、日本経済の真の再生の第一歩なのである。それを描かずに、改革、改革とやってきたから、古い日本へのカムバックによる回復しか生み出せなかったのである。

 経済回復でしばらく猶予期間をもらえそうだから、政府も企業も社会ももう一度、このテーマに正面から取り組むときだ。


注 ワシントンに本部を置く非営利団体のFMラジオ局。全米に数百の系列局を持ち、ニュース報道を中心とする。