船橋洋一の世界ブリーフィング

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No.783 [ 週刊朝日2006年4月21日号 ]

世界どこへ行っても、ブッシュ政権の
民主主義推進外交への逆流が渦巻いている

 ブルッキングズ研究所の内輪の昼食会で、研究員やフェローからこんな発言が続いた。

「自由選挙を実施しても、ジャファリやハマス(注1)やモラレス(注2)のようなのばかりが当選するようでは、いったい何のための民主主義か、と国民はとまどいを隠せないでいる」

「自由選挙を一回やればそれで民主主義が仕上がりというのではない。民主主義を根付かせるには、選挙による政権交代も重要だが、もっと時間をかけて民主主義的機構をつくり、また、その前提としての経済を発展させ、中産階級を育てることが大切だ」

「米国は気に入らない国には、軍事力による体制転換を辞さずという姿勢だ。米国の言う民主主義は体制転換と同義語だと世界では見なされつつある。だから、米国が民主主義を錦の御旗にすればするほど米国に対する反発が強まるのだ」

「米国が世界の民主主義を育て、推進していくことは間違ってはいない。ただ、あのイラク戦争をやったそのブッシュが世界の民主化推進を口にするから、民主主義に対する反発が世界中から噴き出てくるのだ」

 21世紀が始まってからというもの、ブッシュ政権上層部に巣くうネオコン(新保守派)たちは、世界に米国流の民主主義を広め、世界を米国の甲羅に似させれば、世界は平和になるという夢を語ってきた。イラク民主化を起爆剤にして次々に中東に民主化ドミノをつくり出すという中東大民主化構想はその典型である。

 対テロ戦争の延長線上に進めてきたアフガニスタンとイラクの民主化、その第一歩としての自由選挙をブッシュ政権が手放しで称賛したのは、ついこの間のことである。

 ところが、アフガニスタンにはいまでは再び、治外法権的な無法地帯が生まれつつある。ワジリスタン(注3)もその一つだ。ここがいまではオサマ・ビンラディンたちテロリストの隠れ家となっている。先週も、米兵とカナダ兵がテロの攻撃に遭い、殺された。米国およびNATO(北大西洋条約機構)の軍事プレゼンスは今後とも相当長期間にわたって続くことになりそうだ。

 それに、アフガニスタンは再び、世界最大のヘロイン麻薬大国に戻ってしまった。

 米国は昨年、ケシの花削減プロジェクトに10億ドルを投入したが、世界のヘロイン生産量の90%はいまもアフガニスタン産だ。

 イラクの惨状は、これまでもこのコラムで何度も取り上げた。

 新憲法を受けて発足する正式政府の首相にはジャファリ現首相の就任が有力視されているが、ジャファリ首相はシーア派えこひいき政治を臆面もなく進めている。米国はスンニー少数派を取り込んだ挙国一致内閣を誕生させようと裏で根回しをしている。米国は、ジャファリ首相を反米強硬派の宗教指導者、サドル師の操り人形にすぎないと見ている。ライス国務長官は2日、「ジャファリ氏はこれまでのところ(国民融和政権樹立が)できていない」と語り、ジャファリ首相は新政府の首相として不適格との認識を示した。

 ところで、隣のイラン。

 そのイランだが、ここもアフマディネジャド大統領は「イスラエルは地図から抹殺してしまえ」との暴言を吐いて喝采を博している。イランは米国をはじめとする圧力や国連安保理の経済制裁の脅しをものともせず、ウラン濃縮核開発に邁進している。

 このほど、発売された「インターナショナル・エコノミー」誌は、表紙にアフマディネジャドの絵をあしらった。

「また、時代は1935年?」

 が大見出しである。

 ニュート・ギングリッチ米下院議員(共和党、ジョージア州)の「現在の世界情勢は1935年にそっくりになってきた」との発言を下敷きにしている。

 ちょうど、ヒトラーが選挙で選ばれ、ユダヤ人抹殺を中軸とする軍拡路線を追求したときのような状況が立ち現れつつある、と見るのである。

 ブッシュ政権にとって最大の誤算は、ロシアのプーチン政権の反民主化の動きである。

 ブッシュは、2001年に米ロ首脳会談をしたとき、プーチンとは「心の友」であると強調し、親密さを大いに宣伝した。

 しかし、プーチン政権はこのところ、急速な保守回帰に向かっている。

 外国のNGO(非政府組織)活動を事前に報告させることを盛り込んだ法案を可決し、NGOいじめの体制を固めた。同時に、外国のNGOから寄付を仰ぐことを厳しく規制する措置を取りつつある(注4)。

 外国NGOの規制もしくは排除は、ロシアにとどまらずウズベキスタンやベラルーシなどでも広がっている。ウズベキスタンでは、昨年、60%以上のNGOが店じまいに追い込まれた。

 タジキスタンは、昨年4月から外国の大使館や外国の機関が、国内の政党、NGO、メディアと接触する場合は、事前に届けなければならないとの法令を施行した。

 グルジア、ウクライナ、キルギスなどの最近の“カラー革命”(注5)はその背後で、米国のNGOが大きな役割を果たしたのではないかという疑いを生み出すことになった。

 民主主義は、国民の政治参画を通じて個人の尊厳を保障する機能を持つが、同時に、宗教、民族、人種などの自決へと人々を駆り立て、排他的情念をかき立てることになりやすい。

 経済発展と所得や機会の格差の縮小を伴わないまま、自由選挙を行い、民主主義を導入しても、それはむしろ反動を呼び起こすことになる。

 自由選挙の最大のジレンマは、宗教政党やイデオロギー政党を第1党に選出した場合、それが最後の自由選挙になってしまう危険があることである。つまり、不可逆性である。

 ブッシュ政権の民主主義推進外交は、しばしば対テロ戦争の一環のような形で喧伝されてきた。それはまた往々にして、大量破壊兵器(核・生物・化学兵器)の反拡散政策と抱き合わせで打ち出されてきた。

 いずれも、最後の手段として軍事力、体制転換を想定している。

 テロを根絶やしにするには、民主主義体制をつくる以外ない。核兵器、核物資を持たせない、あるいは廃棄させるには、結局、体制転換しかない。

 そういったブッシュ・ドクトリンである。

 この軍事的脅威、体制的脅威が、民主主義推進外交に対する敵意を生むのである。

 民主主義を育てるのは時間がかかる。継続と忍耐が要る。

 ブッシュ外交になによりも欠けているのは、その点である。


注1 1月に行われたパレスチナ自治評議会の選挙で、イスラム過激派ハマスが単独過半数を獲得し、第1党になった。

注2 昨年12月のボリビア大統領選では、先住民代表で反米左派のエボ・モラレス氏が当選。

注3 パキスタンとアフガニスタンの国境地帯。米軍はパキスタン国内でも空爆を行っている。

注4 ロシアでは昨年末、NGO規制強化法案が可決された。ソ連崩壊後、国内で活動するNGOは45万団体に急増したといわれる。

注5 市民主体の下からの押し上げで旧体制を覆したウクライナのオレンジ革命が典型。