船橋洋一の世界ブリーフィング

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No.784 [ 週刊朝日2006年4月28日号 ]

イラン軍事攻撃は米世界支配の終焉への道。米イラン正常化とイラク安定の共同歩調しか手はない

 イランのマフムード・アフマディネジャド大統領は、イランが「小規模の濃縮ウラン製造に成功した」と宣言し、「核技術保有国の一員となった。歴史的偉業だ」と語った。

 イラン政府はこれに先立って、中部のナタンズにある地下の核施設で、3・5%の低濃縮ウランの製造を開始したと発表した。

 ここには164基の遠心分離器が設置されている。それを今年中に工業用規模の3千基まで増やし、将来は生産能力を5万4千まで拡大する予定である。

 もし、それを高濃縮に高めれば、イランは年間20個分の核弾頭を製造する能力を持つことになる。

 アフマディネジャド大統領は「われわれは核兵器を追求しない。西側はイランの核平和利用の権利を尊重すべきだ」と述べている。しかし、米国はじめ欧米主要国は、イランが核保有国を目指していると見ている。

 米国防総省上層部などを中心にイランに対する軍事攻撃の声が強まっているという。地下75?にあるナタンズの濃縮ウラン工場を破壊するためバンカー・バスター(注1)の使用も検討すべきだとの意見も出ているらしい。

 一方、軍首脳は慎重論で固まっている。もしブッシュ政権トップが軍事オプションを採用するような場合、辞任覚悟で抵抗する動きもあるという。(サイモア・ハーシュ「イラン計画」、「ニューヨーカー」4月17日号)

 軍事攻撃となれば、イラン各地に散らばっていると見られる400近い核関連施設を破壊しなければならない。そのこと自体、ほとんど不可能である。そこまでのインテリジェンスは望み得ない。

 仮にできたとしても、それによってイランの核開発を遅らせることができるのはせいぜい10年と見られている。

 だが、より深刻な問題はむしろ政治的な反動、はね返りである。

▼イランは、米国のイラク再建を徹底的に邪魔しようとするだろう。イラクは、イランと同じシーア派が多数派である。イラン攻撃に彼らは激高し、対米テロも激化、イラクは内戦に突入する危険が強い。すでに、反米シーア派指導者であるサドル師(注2)は「米国がイランを攻撃したら、われわれは一斉に蜂起する」と米国を牽制している。

▼イランは、中東さらには世界で、米国を標的とした一斉テロを仕掛けるだろう。ヒズボラ(注3)、さらにはハマス(注4)の系統のグループがそれを実行する可能性もある。

▼イランは、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、クウェート、カタールなどの石油・ガス田を軍事的に破壊し、世界の石油市場、さらには世界経済に壊滅的打撃を与える報復措置に出るかもしれない。

▼ナチスのユダヤ人虐殺を否定し、イスラエルを「地図から抹殺しなければならない」と公言するアフマディネジャド大統領、さらにはイランの実権を握っているシーア派原理主義者たちの神権政権は高笑いし、彼らの支配は半永久的になるだろう。改革派の出番は完全になくなる。

 これまでのところ、2002年以降、イランに核開発を思いとどまらせる外交努力は失敗を重ねてきた。

「また、時代は1935年?」

 また、国連安保理によるイランに対する経済制裁も、中国、ロシアが反対しているから実現の可能性はまずない。

 そうなると、イランの核保有を黙認する以外ないのか。しかし、それはそれで、世界に深刻なジレンマを投げかけることになる。

 その場合、サウジアラビア、エジプト、トルコが核兵器開発に乗り出す可能性が強い。いずれも、湾岸からメソポタミアにかけての中東の地域大国、あるいは準地域大国である。

 イランが核保有国となれば、イランが地域超大国になることは必至である。すでにイランは、イラク、シリア、レバノン、アフガニスタンで政治的影響力を増大しつつある。

「サウジアラビアの場合、パキスタンから核兵器を購入しようとするのではないか」と知人の米国の元軍首脳は言う。

 北朝鮮の核廃棄と朝鮮半島の非核化もさらに難しくなる。

 すでに、北朝鮮は、イランの核危機を横目でにらみながら時間稼ぎをし、08年の米大統領選挙の行方を見守るという待ちの姿勢に入っているように見える。04年6月の6者協議(第3回)の後、大統領選挙の結果を“消化”するまで1年以上もテーブルにつかなかったあの伝である。

 北朝鮮はイランよりはるかに濃縮ウラン開発の度合いが進んでいると見ていい。しかも、プルトニウム核開発技術はすでに習得済みだ。加えて、石油もなければ“イラク・カード”もない北朝鮮にとっては核だけが最大にして最後のカードである。それを取り上げるのは容易なことではない。

 たしかに、米国メディアに氾濫しはじめた「イラン軍事攻撃シナリオ」は、イランの核断念への攻勢をかける外交圧力の一環という面も強い。ブッシュ大統領もこうしたシナリオは、「あくまで想像の産物」と述べ、軍事オプションは念頭にないことを強調している。ただ、ブッシュがそれを言えば言うほど、この男はひょっとしてまたやるのではないか、との恐怖感を与えることもまた確かなのである。

 米国内には、こうしたことはすべて神経戦の一環で、「イランを神経質にさせているのなら、それは神経戦で有利になりつつある証拠」という見方もある。

 しかし、おそらくその逆だろう。それはイランに対して核保有の決意をさらに固めさせる危険のほうが強い。アフマディネジャドは、軍事攻撃をした場合、「イラン国民の心の中に永久の憎悪をもたらすことになるだろう」と警告を発している。

 イランにしても北朝鮮にしても、非核化を強いる奇手妙手はない。

 ただ、強いてその差を挙げるならば、北朝鮮の場合、「時間はわれわれに味方していない」のに比べて、イランは「時間はまだわれわれに味方している」と言えるかもしれない。こちらは、本格的核開発にはなお5年から10年の間がありそうだ。

 とすれば、米国の選択肢は、イランと関係正常化し、イラクの安定構築で協力関係を結ぶその過程で、徐々にイランの政治改革を促し、神権政治の代案を育てる。それでもイランは核保有を断念しないかもしれない。

 しかし、ほかにどのような方法があるだろうか。

 軍事オプションは、米国にとって悲劇的結末を招くに違いない。イラクは散乱し、中東は混沌とし、世界経済は恐慌に陥る。米国は世界から完全に孤立する。それは米国の世界支配の終焉への道となるだろう。そして、それはまた、世界アナーキーへの道でもある。


注1 地下塹壕(バンカー)を破壊するための誘導爆弾。湾岸戦争でイラクの堅固なシェルターの破壊に手間取ったことを機に配備が進められた。

注2 イラク戦争後、過激な反米姿勢で支持を広げているイラク・シーア派の若き指導者。イラン・シーア派との連携をもくろんでいるといわれる。

注3 イラン寄りのイスラム国をレバノンに建国することを活動方針とする過激派。イランによる支援が指摘されている。

注4 パレスチナ解放運動を展開するイスラム原理主義勢力の代表的な組織。故アラファト議長のパレスチナ解放機構(PLO)とは距離を置く。