船橋洋一の世界ブリーフィング

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No.785 [ 週刊朝日2006年5月5-12日号 ]

ラテンアメリカで影響力競争を繰り広げる米中。それは「文明の衝突」の前兆といってもいい

 今回の胡錦涛中国国家主席の訪米は、ボーイング旅客機80機をはじめとする160億ドルもの米製品買い付けに象徴される小切手外交によって記憶されることになるだろう。

 そのメッセージは、中国は米国の大切な顧客(カストマー)である、という点である。

 もう一つのメッセージは、中国は米国の世界支配体制に挑戦することはしない。中国の台頭は平和的である、という点である。

 胡錦涛は前回の米中首脳会談でも、中国が腐敗、格差の拡大、環境破壊、といった内政の大問題を抱えており、外交にはなかなか手が回らないと言ってこぼした。

「こぼした」というより「こぼしてみせた」というほうが正確だろう。これもまた、「平和台頭」論を売り込むためのパフォーマンスにほかならない。

 しかし、同時に、中国が対外パフォーマンスを上手に行えば行うほど、米国内には対中警戒感が広がっていく。

 なかでも、米国を神経質にさせているのが中国とラテンアメリカとの急速な接近である。

 中国のラテンアメリカ(25カ国)との貿易はこのところ急激に拡大、ここ5年間で600%も伸びている。中国の入超である。

 貿易は、中国の海外直接投資の爆発的拡大に後押しされて増えている。いまでは、中国の海外直接投資の半分はラテンアメリカ向けである。石油、鉄鉱石、銅、大豆などの資源、原材料の開発輸入がその多くを占める。直接投資額は今後5年間に、1千億?に達すると見られている。

 中国の最大の照準は、石油開発にある。

 ベネズエラ、エクアドル、ボリビア、ペルー、コロンビア、それからアルゼンチンの海底油田で貪欲に探鉱・開発を進めている。

 中国はすでにベネズエラでは二つの油田を保有し、石油生産に乗りだしているが、2004年末のチャベス大統領の訪中以来、両国関係は深まっている。チャベスは、「ベネズエラは100年にわたって米国に支配されてきた。いま、われわれは自由になった。われわれの石油は偉大な中国のためにいつでも供せられるであろう」と述べたと報道されている。

 米国がおもしろいはずはない。

 05年4月、米下院外交委員会西半球小委員会は「中国の西半球における影響力」をテーマとした公聴会を開いた。

 冒頭、ダン・バートン委員長(共和党)は、次のように述べた。

「米国のこの地域における伝統的な政策目標は、政治安定、民主主義促進、市場アクセス、そしてヘゲモニー(単独支配)国家の台頭阻止であった。中国が、公平貿易のルールに則り、国際関係に責任を持つようになるまで、米国は中国のこの地域における台頭を注意深く見守るべきだ」

 今回も、胡錦涛訪米に先だって、ブッシュ政権はトマス・シャノン国務次官補(西半球担当)を中国に派遣し、米国の「中国に対する期待」を伝えたという。

 ラテンアメリカはいまだになお未熟な民主主義の発育期にあり、問題が山積している。しかし、米国は、この地域の人権と民主主義の育成を政策の根本に据えている。それは今後も変わらない。中国はそれを十分に理解してほしい、という「期待」だったと言われる。

 90年代、ラテンアメリカ各国は米国とIMF(国際通貨基金)の勧めに従って、相次いで経済改革と市場開放に乗りだした。

 しかし、アルゼンチンをはじめその多くが失敗した。その結果、ラテンアメリカは現在、次から次へと政治の左旋回現象が起こっている。それに伴って、米国内では「米国はラテンアメリカを失った」というブッシュ批判が強まりつつある。

 そこへ中国が躍り出てきた。

 それは、市場原理主義的な米国の「ワシントン・コンセンサス」の退場と「成長第一・人権第二」(あるいは「経済第一・政治第二」)を掲げる中国の「北京・コンセンサス」の登場というコントラストをなすことになった。

 先のペルーの大統領選挙(注1)では、左派の候補者であるウマラ元陸軍中佐は「ネオ・リベラルの経済モデルはわが国になんの利益ももたらさなかった」と絶叫し、有権者に訴えた。「ネオ・リベラル」(注2)、つまり「ワシントン・コンセンサス」こそが敵なのである。

 チャベスのような強権的指導者の場合、「内政不干渉」の名の下に人権や統治にうるさいことを言わない中国のほうが居心地がいい。

 対中接近は米国に対する当てつけにもなれば、ある種の牽制、保険にもなる。

 しかし、彼らにとっての中国の魅力は、結局は貧困問題に行き着く。中国が貧困を解決はできないまでも克服してきたそのやり方への関心であり、敬意なのだろう。

 中国のやり方、「北京・コンセンサス」が最後に高笑いしたということではない。中国の「腐敗、格差、環境」の矛盾は深刻である。中国の指導者が本当に「こぼす」時代がやってくるだろう。

 しかし、中国が貧困を克服するために大きな躍進を遂げたことは間違いない。

 貧困をいかにして克服するか。

 米国のやり方なのか、それとも中国のやり方なのか。

 それは、社会の組織、政治の統治、世界の秩序・安定の理念と構想をめぐる二つの考え方の間の葛藤でもある。

 米国の対中警戒感はまさにそこに根ざしている。米国は「北京・コンセンサス」という中国のアイデアに脅威を感じ始めているのである。

 バートン委員長の中国への警戒感はこのところ一段と高まっている。

「カストロ、チャベス、オルテガ、モラレス(注3)らと共産中国との関係が心配だ。われわれはそれに対して特別の注意を払う必要がある」

「われわれはラテンアメリカをモンロー・ドクトリン(注4)との関連でつねにとらえるべきである」

 西半球に外部の大国の介入を許さない、米国はその統治に特別の使命と利害を持つ、それを維持するためにはアメもムチも存分に使う。そういうドクトリンである。

 20世紀を通じて、米国はこの地域で40カ国の国々の政権を交代させた“実績”を持つ。

 しかし、21世紀はそうはいかないだろう。米国の気に入らない政権の指導者は例外なしに自由選挙で選ばれた指導者である。

 モンロー・ドクトリンは、外部の軍事力は排斥できても、アイデアや理念までは排除できない。


注1 20人の候補が乱立するなか、ウマラ氏が首位に立ったが過半数には達せず、決選投票が行われる見通し。

注2 新自由主義(者)。効率や競争力自体を「正義」ととらえ、小さな政府、規制緩和、民営化などを志向する。

注3 カストロ氏はキューバ国家評議会議長、オルテガ氏はニカラグア元大統領、モラレス氏はボリビア大統領。

注4 欧米両大陸の相互不干渉をうたう米国の外交原則。第5代大統領ジェームズ・モンローが、中南米諸国独立に対する欧州の干渉を拒むために唱えた。