船橋洋一の世界ブリーフィング

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No.787 [ 週刊朝日2006年5月26日号 ]

“史上最低の大統領”にもう一歩と迫ったブッシュ。政治も外交も、“シッポの犬振り”悪あがき

 ワシントンの最新のジョークはこんなものだ。

「タイタニックと共和党の違いは何?」

「少なくともタイタニックは氷山に衝突するのを避けようとはしなかった」

 ブッシュ共和党は、氷山にぶつかる寸前であるにもかかわらず、それを避けようと悪あがきするだけだ、救命ボートさえ用意しない、いや、氷山に衝突することを乗客に知らせず、まだ隠し続けようとしている。こんなことでは秋の中間選挙はとても戦えない。共和党の大敗北は必至だ……与党共和党には気が滅入る政治の季節となった。

 ブッシュの支持率は31%にまで下がった。過去半世紀の歴代大統領のうち下から3番目である(ニクソン、カーターに次ぐ)。奇しくも、父親のブッシュ(41代)の最低の支持率のときに並んだ。

 ブッシュにとって痛いのは、「ブッシュは強い指導者である」と答えた人が42%に下がったことだ。過去4カ月で11ポイント、急落した。

 イラクの惨状、「カトリーナ」の無能(注1)、最高裁判事指名の勘違い、共和党有力者の腐敗、チェニーの誤射事件、ラムズフェルド辞任を求める“将軍たちの反乱”(注2)……。ブッシュ無能政治の例を数え上げればきりがない。

 このうち、チェニー副大統領の誤射事件は、崩落していくブッシュ政権を象徴するような出来事だった。

 チェニーが一緒にハンティングに出かけた友人を過って猟銃で撃ち、大けがをさせた事件だが、これは〈友人を傷つけ、自分で自分の足を撃つ、能なしのカウボーイ〉のイメージを米国民に感じさせただろう。

 ところが、もっと怖い話になってきた。ガソリン価格がついに、1ガロン(注3)=3ドル(1リットル=約90円)の大台を突破した。

 米国のガソリン価格の政治的意味合いは、かつての日本のコメ価格のそれに等しい。これ以上価格が上がるとコメ騒動ならぬガソリン騒動が起こりかねない。ガソリン高騰に対するブッシュの取り組みへの「支持」はわずか13%である。

 このままではガソリン価格問題が中間選挙の最大の争点になる可能性もある。そうなれば共和党には大打撃である。

 チェニーが突如、ロシアがエネルギーを外交面におけるゆすりや脅しに使っているという批判に乗りだしたのも、このことと関係しているかもしれない。

 エネルギー資源超大国であるロシアが、パイプラインで天然ガスを供給しているウクライナなどに対する価格を強引に引き上げたのは、ロシアの危険な“資源民族主義”と“資源強請外交”の表れである、という批判が米議会では強まっていた。

 そうした国内世論を踏まえたロシア非難だが、そこには国内のガソリン価格高騰はロシアが悪いからというトリックも込められている。ロシアをガソリン危機の“諸悪の根源”に仕立て上げようというわけだ。

 ブッシュ政権が、ひところ、先制軍事攻撃も辞さずと脅していたイランの核開発に対して最近、気持ち悪いほど柔軟姿勢に転じているのも、このことと関係しているかもしれない。

 米国は、それまで絶対に受け入れられないとの立場だったイランの核の平和利用を認めるような発言をしたりしている。

 イランとの緊張関係がこれ以上高まると末端のガソリン価格がさらに上昇する、それはまずい、したがって、少なくとも中間選挙まではイラン問題はこれ以上荒立てないほうが得策だ、という判断なのだろうか。

 都合の悪いことが起きたとき、それを隠すいちばんいい手は、他の争点に国民の関心をそらすことである。

 他の争点がなければ、それを人為的につくればいい。ちょっとした危機をつくる、それも外でつくる。

 このコラムでも取り上げたことがあるが、Wag the Dog(「犬のシッポが犬を振り回す」の意)という1998年の米映画(注4)があった。

 大統領のセックス・スキャンダルが下手すると表に出そうだ。それを隠すため、外に危機をつくれないか。米国が軍隊を派遣し、悪者を懲らしめ、危機を回避する、そうしたうまい話はないか。

 ホワイトハウスのスピン・マイスター(世論誘導の職人)が考え出したのが、アルバニアの“核テロ疑惑”だった。アルバニアが核を開発し、核装置を米国にひそかに搬入しようとしている、それを阻止するため、軍事的先制攻撃をかける、ってのはどうだ。

 犬がシッポを振るのではない。シッポに犬を振らせるのだ。

 犬(dog)は国内政治、犬のシッポ(wag)はでっち上げの危機である。

 ブッシュ政権で、この“シッポの犬振り”を担当してきたスピン・マイスターは他ならぬブッシュの選挙参謀、カール・ローブである。

 イラク戦争を仕掛けるため、彼をはじめこの政権の中枢部がやってきた数々のスピンがその後、明るみに出されている。

 イラクに大量破壊兵器があったことをどうしても証明しなければならないのだが、十分な証拠があがってこない。

 そこで、サダム・フセインがアフリカのニジェールからウランを購入したという怪しげな情報に飛びついた。それを公に否定した外交官の口を封じなければならない。ところで、彼の妻はCIA職員で、この件に関与している。だいたい、彼らは民主党シンパでこれを政治的に使おうとしているに決まっている。だから、彼らをおとしめるため、何らかの手を打たなければならない。そういうゲームプランをローブたちは練った。

 妻がCIA職員であることをプレスに漏らした容疑で、チェニーの側近が逮捕された。カール・ローブにも同様の疑いが持たれている。

 それにしても、ブッシュ政権はなぜ、ああまでして、親の敵でも打つようにイラク戦争に突っ込んでいったのか。

 この間、ある国際NGOの会合で会った、いまは引退している米軍人トップが気になる話をした。

「ブッシュは、アルカイダの9・11テロ攻撃の情報を事前に聞いていた。にもかかわらず、何もしなかった。それはリチャード・クラーク(注5)が証言しているとおりだ。実は、ブッシュはそのことに対して責任を追及されることをものすごく恐れていた。大統領とこの政権の無能を何とかカバーアップしなければならない。そこで、考えたのがイラク戦争という大芝居だった」

 彼は民主党の有力者である。そのことを十分、割り引いておく必要がある。

 ただ、もし、それが本当だったとしたら、そのような要素が戦争決断のどこかにあったとしたら、それこそ究極の“シッポの犬振り”だったことになる。


注1 05年8月末に米南東部を大型ハリケーン「カトリーナ」が襲った際、ニューオーリンズでは被害が予想できたことや、復興が大幅に遅れたことに不満が集まった。

注2 ラムズフェルド国防長官がイラク戦争の混乱を招いた、と6人の退役将軍が批判。イラク兵虐待が表面化して長官が辞任を申し出た際、ブッシュ大統領が不問に付したことも一因。

注3 1ガロン=約3・79リットル。カトリーナ被害前、米国でのガソリン価格は1ガロン=1ドル60遷都前後で推移していた。

注4 大統領の女性スキャンダルに、ロバート・デ・ニーロ扮するもみ消し屋が暗躍する(邦題「ウワサの真相」)。98年2月13日号の当欄でも取り上げた。

注5 元大統領特別顧問。04年3月24日の9・11テロ独立調査委員会の公聴会で、政府と自身の対応の失敗を認め、謝罪した。