船橋洋一の世界ブリーフィング

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No.791 [ 週刊朝日2006年6月23日号 ]

米国のスーパーサイズ症候群。フード・デバイドが新たな格差問題に

 ニューヨーク・マンハッタンのサード・アベニューにあるオーガニック・レストラン、ジョージーズ(Josie's)で、友人と昼食を楽しんだ。

 化学肥料や化学添加物は一切、使っていません。肉も野菜もすべて農家の手作りの素材を使っています、という触れ込みである。

 豆腐サラダ($10・75)は2人で分けることにし、私は、エンジェル・ヘア・パスタ・ターキー・ミートボール($15・75)を注文した。豆腐の焼き方に工夫が少し足りないと感じたが、おいしかった。もっとも、量が多いのでかなり残す羽目になったが。値段は少し高いという気がするが、そこはすべてオーガニックだから、仕入れの値段からして違うのだろう。

 店内は、キャリアとおぼしき女性客が、新聞を読みながら、一人で静かに食べている姿が目に付く。

 隣はバーガー店である。ここはベター・バーガーと銘打ってある。オーガニックのバーガーを売り物にしている店なのだそうだ。

 オーガニック食品(注1)は、食品産業全体の売り上げの2・4%のニッチ産業だ。しかし、過去10年間、年率15%の急成長分野である。

 ブームの背景には、肥満症への恐怖がある。

「米国の歴史始まって以来はじめて、いまの子どもたちは自分の親より寿命が短くなることになるかもしれません。その原因は肥満症です。米国では、900万人以上の子どもたち(思春期の子どもを含む)、つまり全体の16%が、太りすぎか肥満症になっています。子どもたちがよりよい食べ物を選べるように、そしてもっと体を動かすように、私たちにできることをしようと思います」

 これは、クリントン前大統領がつくったウィリアム・J・クリントン財団のホームページの一節である。

 クリントン自身、太りすぎに悩まされた。彼はジャンクフード・ジャンキーだ。選挙から選挙の人生。選挙戦のときはジャンクフードのお世話になりっぱなしだった。その彼が、2004年秋、心臓発作で病院に担ぎ込まれ、冠状動脈のバイパス手術を受けた。クリントンは自分の財団で子どもの肥満症問題に取り組むことにした。肥満症こそ心臓の敵なのである。

 現在、同財団は、

○レストランと食品会社に対して、食事と食品をより健康的にする革新を促す

○学校に対して、体育の時間を増やし、栄養管理と改善のためのプログラムを実施する

○子どもの肥満症の予防と治療を社会に周知徹底させる

 といった活動を行っている。

 米国の肥満症がいかに深刻か。

「危機に瀕する国:米国の肥満症」と題する報告書(ロバート・ウッド・ジョンソン財団)は、次のような数字を挙げている。

●ここ15年間で、毎日のカロリー摂取量は300キロカロリー、12%増加した。

●この20年で、ハンバーガーは389キロカロリーから486キロカロリーに、ソフトドリンクは144キロカロリーから193キロカロリーに、フレンチフライは188キロカロリーから256キロカロリーにそれぞれ上がっている。

●健康のためにはほぼ毎日、少なくとも30分、体を動かすのが望ましいが、子どもでは23%、大人では40%が全く体を動かしていない。

●11歳から18歳の子どもたちは平均して週に2回、ファストフード店で食事する。

 報告書は、ファストフードの食べすぎ、取りすぎが最大の問題ととらえている。

 それを実際に“証明”してみせたのが、映画「スーパーサイズ・ミー」(モーガン・スパーロック監督=注2)だった。

 ファストフードのハンバーガーだけを食べ続けると、いったい人間の体はどうなるのか、監督自らそれを実践し、自分の体で実験してみたドキュメンタリー映画である。

 結果は、マクドナルドのスーパーサイズのバーガーがボクの体をスーパーサイズにしてくれた。

 より深刻な問題は、ある人々のほうが他の人々よりスーパーサイズになってしまう危険が高いことである。

 同じ、報告書から数字を拾ってみよう。

●シカゴでは、白人が住むノーウッド・パークでは子どもの23%が肥満症だが、黒人とヒスパニックの居住地区では58%から68%が肥満症。

●ニューオーリンズでは、低所得層と黒人層の居住区ではファストフード店がはるかに高い密集度を示している。

●低所得層の女性は高所得層の女性に比べて50%以上、肥満症になる確率が高い。

 先月、米国最大の食品スーパーのウォルマートが、この夏からオーガニック食品をふんだんに品ぞろえします、「ウォルマートはオーガニックを民主化します」と発表して話題になった。

 オーガニック食品の価格は、普通の食品に比べて20%から30%高い。だから、オーガニックのほうが健康にいいことはわかっていても、ちょっと手が出ないと敬遠する人々が多い。

 ウォルマートは、その価格の差を10%まで圧縮し、普通の人々の手に届きやすくする、と前宣伝した。

 ここには、米国社会の新たな格差問題の断面がのぞいている。

 所得、居住地域、教育、英語、技術、コンピューターなどの格差と並ぶフード・デバイド、つまり、食べ物格差という新たな格差である。

 豊かな層は、より健康的な食べ物を食べ、そのぶん長生きするのに対して、貧しい層は、より不健康な食べ物を食べ、早死にするという格差である。

 ウォルマートの「民主化」も、そこに目を付けた新たなビジネス展開である。

 しかし、何事も大量販売、大量仕入れ、徹底値切りのウォルマートがいまのオーガニック・ニッチビジネスに参入してくると、オーガニックの基準は薄められ、曲げられてしまうのではないか、との懸念が出されている。

 それは単なる杞憂に終わらないかもしれない。

 昨年末、米上下両院の農業歳出小委員会は、オーガニックの中に一部、化学調味料などが入っていても、オーガニック・ラベルを貼ってもよろしいというお墨付きを与える条項を歳出案に潜り込ませた。巨大食品会社が裏でロビーをした結果と報道されている。

 ディケンズの時代は、栄養失調と骨皮痩身が貧困を表した。

 マックの時代は、ジャンクフードの取りすぎと肥満症が貧困の表れとなった。

 困ったことに、米国で起こることは世界でも起こる。マック(マクドナルド)・グローバリゼーションがそれを後押ししている。すでに、その傾向は開発途上国で一段と顕著になりつつある。世界3億人の肥満症のうち開発途上国はすでに半分を占めている、と世界保健機関(WHO)は警告している。


注1 農薬や化学肥料を使わない農作物、抗生物質や成長ホルモンを使わない畜産・酪農品。それらを材料とし、添加物や化学調味料を使わない加工品も。

注2 監督自身がスーパーサイズ(特大)を勧められたら断らずマクドナルドだけを食べ続ける実験に挑戦。1カ月後、体重が14キロ、体脂肪率が11ポイント増えた。