船橋洋一の世界ブリーフィング

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No.801 [ 週刊朝日2006年9月8日号 ]

ポスト・小泉時代は、対米「3分の1外交」から脱却せよ

 ポスト・小泉時代の日本の外交は、アジアとの関係修復からはじめなければならない。

 その一方で、小泉外交の成果である対米外交も点検する必要がある。小泉・ブッシュ特殊関係は、9・11テロ後の特異な状況に生まれた。アフガニスタンとイラクとインド洋で日米同盟の旗を高々と掲げたのはいいが、米軍再編、中国の台頭、北朝鮮の核保有、韓国の民族主義、東アジア地域主義、歴史問題、などの日本を取り巻く新たな国際環境に日米同盟としてどのように対応すべきなのか、そちらがお留守になってしまったきらいがある。

 例えば、米韓両国が現在進めようとしている戦時作戦統制権の米司令官から韓国司令官への移管。朝鮮半島有事に当たって、それは日本と日米同盟にも大きな影響を及ぼすはずだが、その問題について日米間、さらには日米韓3カ国で真剣に政策協議したという話を聞かない。

 同時に、日本の対米外交の進め方と対米政策の決定の仕方が、ますます時代遅れになっている。せっかくの日米同盟を日本の外交に十分に活用していない。

 対米外交でもっとも重要なことは、米国の政府と議会とメディアにいかに影響を与えるか、である。

 日本の対米外交は、米国の政府(行政府)に対しては忠実(まめ)に手当てしている。ワシントンの日本大使館には各省からまんべんなく人員を張り付けている。

 しかし、米国の議会とメディアへの肉薄がいかにも弱い。

 ヘンリー・キッシンジャー(共和党)とサイラス・バンス(民主党)の2人の国務長官経験者が、米国の外交を進める際、政府だけではなく、議会とメディアの役割を念頭において展開しなければならないことを超党派で説いたのは、いまから25年以上前である。

 それをどこよりもよくわきまえて対米外交を進めてきたのが、英国でありカナダでありイスラエルだった。こういう国々の大使や公使のディナーに招かれると、米国のメディアの有力者やジャーナリストが“話の泉”のような役回りになっていることが多い。最近では、インドや中国もこの両面(とくに議会)に激しく食い込みつつある。

 しかし、日本は相も変わらず議会とメディアが苦手のようである。ワシントンに送り込む日本大使館員が、2、3年で交代することもある。政府と違って、議会もメディアも長尻である。彼らと息長くつきあう人脈づくりに必要な肺活量が、日本の官僚にはない。

 そのうえ、インドや中国はインド系や中国系米国人の助言や支援を受けているが、日本は日系米国人とのそうした関係をつくることができない。

 言ってみれば、日本の対米外交は、米政府だけを相手とした「3分の1外交」でしかない。まことにやせた外交なのである。

 次に、その政府も、日本の主たるパートナーは国務省であり、ホワイトハウスNSC(国家安全保障会議)と国防総省は手薄である。

 過去半世紀の米国の外交政策の決定過程の最大の変化は、NSCの台頭である。それはキッシンジャー以来の変化である。

 キッシンジャーが大統領補佐官(国家安全保障担当)として最初にしたことはスタッフの増強だった。彼の下で、NSCスタッフは12人から80人に増えた。

 彼はまた、最重要なインテリジェンスと外交電報が大統領に届けられる前に彼が目を通すような情報回路に作り替えた。NSCの役割を、単なる各省間の政策調整ではなく、政策立案能力に加え長期的戦略をつくる能力を付けた。「何が起こっても驚かないため」危機管理プランをつくった。

 それ以来、このキッシンジャー・モデルがNSCの基本形となった。

 現在のスティーブン・ハドレー大統領補佐官は能吏タイプで、押し出しはあまり強くはないが、しかし、要所は完全に押さえている。当然のことながら、世界の主要国はどこもハドレー以下のNSCとの関係を強化しようと必死である。英国、フランス、インド、韓国などはハドレーと直接、話せる首脳の外交補佐官を置いている。日本にはそれがない。官邸に外交担当の官房副長官補の職をつくっているが、ハドレーの相手は日本では官房長官クラスだから、副や補が二つもついているクラスではとても無理だ。官房副長官補は盲腸のような存在と化している。

 もう一つは国防総省である。

 これほど喧伝される日米同盟でありながら、国防総省と防衛庁の政策協議と人的交流はきわめて希薄である。それぞれの政策企画部門に、互いにそれぞれのもっとも優秀な政策プロを送り込み、政策企画段階から意見交換する関係になってしかるべきだが、いまはまだ夢物語だろう。

 私は、チャールズ・フリーマン、ジョセフ・ナイ、カート・キャンベルといった歴代の国防次官補・代理(国際安全保障担当)から、「日本の防衛庁と真剣な政策協議をしたいが、うまくいかない」という打ち明け話を聞いたことがある。米国防総省の政策プロと丁々発止、議論できる政策プロを相当数、育てないことには深みのある政策協議はできない。日本は、同盟関係の強みをもっと外交に生かす術を工夫しなければならない。そのためにも、外務省と防衛庁の本格的な人事交流が急がれる。

 ここでも、日本の対米外交は国務省だけの「3分の1外交」でしかない。NSCと国防総省にもっと大きな網をかけねばならない。

 それから、日本は中との関係はしっかりつくるが、上と下との関係づくりに臆病である。

 部長クラスや課長クラス(国務省で言うと東アジア・太平洋局=EAP=次官補代理と日本部長クラス)といった「中」とは堅実な信頼関係をつくるが、上、とくに政治任命者とのつきあい方がもう一つだ。

 日本の外交でいちばん弱いのはトップ外交である。中国もトップの個人的力量と人脈で新機軸を切り開くところまではいっていないが、国家主席と首相の2人を世界中に送ってトップ外交を繰り広げている。国連安保理常任理事国入り外交は惨敗したが、小泉首相がこの面で、自らブッシュに働きかける場面はなかった。

 もちろん、ブッシュ政権に関して言えば、上はブッシュ・小泉特殊関係で相当助かった。

 しかし、もっと工夫が要る。例えば、頂上からの情報の取り方が不十分である。米国の大統領ほど情報を持っている首脳は世界にいない。日米首脳会談は、超極秘情報の交換の場所でなければならない。日本の政治指導者はその努力が足りない。

 それに、下、つまり米国人一般社会とのつきあいが淡泊である。メディア、シンクタンク、財団、NGO、教会、各種催し、パーティーなどで日本人の姿を見ることがだんだん少なくなってきた。米国社会は、下から上の風通しがいい。思わぬ吹き抜けを見つけることもあるのだ。

 中は強いが、上、下が弱い、ここでも「3分の1外交」である。