船橋洋一の世界ブリーフィング

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No.803 [ 週刊朝日2006年9月22日号 ]

宗教右翼が米外交に大きな力を持つようになった

 紛争予防を専門に手がける国際NGO、ICG(国際危機グループ、本部・ブリュッセル)のメンバーとして、仲間たちと世界の危険ゾーンウオッチングを続けてきているが、米国のメンバーたちが、何度か米国の宗教右翼を称賛した。

「彼らともっと情報交換をし、もっと連携することを考えてはどうだろうか」

 欧州のメンバーは、エッ、宗教右翼? 一体どうして、と合点がいかない様子だ。

「彼らは彼ら、われわれはわれわれ、情報交換はいいが、連携といっても具体的に何ができるか疑問だ。われわれの目的は、現地民をキリスト教徒に改宗させることではないのだから」

 そういった怪訝そうな声も出た。

 ICGは、世界各国からメンバーを選んでおり、国籍も民族も宗教も多様である。政治的にも保守派、リベラル派を問わない。

 ただ、どちらかというと、リベラル色が強い。クリス・パッテン会長は英保守党だが、おそらくもっともリベラル派に属する保守派の一人だし、欧州委員会の対外関係担当の委員も務めたほどの欧州統合派でもある。ギャレス・エバンス理事長は、労働党政権のときのオーストラリア外相である。アジアとの関係強化、アジア系移民規制緩和、南アフリカのアパルトヘイト禁輸外交などを推進した。

 米国のメンバーも、共和、民主を問わず、米国が世界とより深くかかわる国際主義を維持し、多角的な枠組みを重視する実務家が多い。

 したがって、世界のドラマを善か悪かで割り切り、悪と戦うことを外交の使命と心得、必要とあれば軍事力も使い、それも、いざとなれば米国単独で決着させようとする傾向のある宗教右翼に対しては、知的にも、気質的にも、政治的にも拒否反応を示しがちである。

 ところが、スーダン、アンゴラ、ソマリア、リベリア、シエラレオネ、ジンバブエといった破綻国家あるいは準破綻国家に行くと、どこへ行っても米国のプロテスタント系教会やその関連のNGOの活動家たちと出会う。

 ICGもフィールド調査と分析の強さでは定評があるが、これらのキリスト教団体は現地に深く入り込み、地域に根を下ろし、現場から日々、詳細な報告を発信している。現地の言葉を話す人々も多い。

 エイズ、人身売買、麻薬、女性の権利、難民救済、それぞれの分野で彼らは献身的に取り組んでいる。

 アフリカでのキリスト教宣教師たちの人道支援活動は、アルベルト・シュバイツァー博士(注1)のランバレネ(旧仏領ガボン)の例を挙げるまでもなく、長い歴史がある。

 アジアでもパール・バック(注2)の『大地』を引くまでもなく、これまた長い歴史がある。

 中東においても、米国が最初にイスラム社会に接触し、交流した場は、宣教師が建てたミッショナリー系学校であり病院だった。その歴史は1世紀に及ぶ。

 それらの活動は米国社会に「世界」を持ち込み、米国の外交政策にも影響を及ぼしてきた。

 また、外国も、米国内のキリスト教勢力に肉薄して、米外交政策に影響を及ぼそうとしてきた。

 戦前の“キリスト教将軍”蒋介石と夫人の宋美齢の対米接近と米議会工作はその典型だし、フィリピンのアキノ大統領も韓国の金大中大統領もそれをテコに対米アプローチを行った。

 余談だが、日本の対米アプローチで不足しているのが宗教的連帯、ファミリー、学友といった「地下水脈」(subterranean relationships)の活用だとホワイトハウスNSC(国家安全保障会議)幹部は言う。ファミリーで言えば、「中国も韓国も何度かブッシュ大統領の父親のブッシュ(41代大統領)を使って、ブッシュ(43代)に影響を及ぼそうとしたが、日本は一度もそれをしたことがない」と彼は言う。

 現ブッシュ政権時代、宗教右翼が外交により大きな発言力を持つようになった。ブッシュの宗教的信念に基づく政治、外交に加えて、ブッシュの顧問であり、スピーチライターでもあるマイケル・ガーソンの役割が大きい。ガーソン自身、福音派(エバンジェリカル=注3)牧師である。

 ブッシュ時代、アフリカ向けの経済援助が67%も増えたのは背後の宗教右翼の押し上げ効果である。

 2004年秋、成立した北朝鮮人権法と、その結果、設置した北朝鮮人権担当特使も、宗教右翼のロビーの成果である。

 9・11後のイラク戦争は、宗教右翼とネオコンが強烈に主張した結果でもある。

 この点は以前、このコラムでも触れたが、宗教右翼は急速にイスラエル支持を強め、ネオコン、さらにはユダヤ・ロビーと共闘関係を築きつつある。

 それは、リベラル派キリスト教団体が1970年代以降、パレスチナ支持に傾斜してきたのと際だった対照をなしている。

 一部の宗教右翼の中には、ジェリー・ファウエルのようにアラブ・テロリストとの戦いを「聖戦」ととらえ、「マホメットはテロリストだ」との妄言を吐いたものもいる。ただ、ウォルター・ラッセル・ミードは最新号の「フォーリン・アフェアーズ」誌で、ファウエルのような声は、エバンジェリカルではなく原理主義者と見なすべきだとし、この両者を区別している。エバンジェリカルは、原理主義者と違って、けっして孤立主義ではないし、異教徒は地獄に堕ちるだけの輩で話し合っても意味がないとは考えない。むしろ、彼らはイスラムとの対話を積極的に試みるなど、異教徒との共存可能という人間に対する楽観論に裏打ちされている。この点が、悲観論に染まった原理主義者とは違う、とミードは指摘している(ミードの論文「宗教と米国の外交政策」は秀作。このコラムもこの論文からヒントを得たことを記しておく)。

 ICGの米国人メンバーの中の宗教右翼との連携を唱える向きは、宗教右翼のこうした点を評価するのだ。

 もちろん、妊娠中絶やゲイに関して、宗教右翼とリベラル派キリスト教、さらにはユダヤ系リベラルが折り合うことはまず不可能なのかもしれない。しかし、こと外交政策に関して言えば、その関心やベクトルがかなりダブっていることも確かなのである。

「米国がますます内向きになり、メディアも海外報道を取り上げなくなり、議員の海外視察も減っている中で、宗教右翼の国際的視野とコミットメントは、米国を世界と結びつけ、米国の国際主義を再構築する上で重要な足場となりうる」

 元米下院議員(民主党)のICGメンバーはそのように言った。

 外交を強化する内政的基盤をいかにつくるか、という観点からの評価でもある。

 宗教右翼は、国連やEU(欧州連合)といった国際官僚組織を嫌い、むしろ敵対的でもある。したがって、連携なり共闘もすんなりとはいかないだろう。

 だが、そこに外交強化のフロンティアが広がっていることは間違いない。


注1 ドイツの神学者、医師。ガボンでの医療活動後、核兵器反対運動でノーベル平和賞。

注2 米国人女流小説家。宣教師の両親と中国に渡る。清朝末期からの王家の変遷を描いた小説『大地』などでノーベル文学賞。

注3 聖書の「福音」に重きをおく保守的なキリスト教の一派。