船橋洋一の世界ブリーフィング

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No.804 [ 週刊朝日2006年9月29日号 ]

19日は6者協議共同声明“一周忌”。次は、北朝鮮の核実験?

 北朝鮮の核廃棄を目指す6者協議(注)の9・19共同声明が高らかにうたい上げられてから、早いものでもう1年である。

「一周忌ですね」というお悔やみを関係者からは聞く。

 声明を発表したのはよかったが、その翌日、北朝鮮は外務省声明で「核放棄は、米国が軽水炉を提供してからの話だ」と平手打ちを食わせた。せっかくの合意はトランプの城のように崩れてしまった。

 この間、北朝鮮は、米国が北朝鮮に対して金融制裁を強めていると非難し、それを取り下げない限り、6者協議には戻らないと態度を硬化させた。

 7月初めには7発のミサイルを発射した。国連安保理は北朝鮮非難決議を採択した。以前のコラムでも記したが、北朝鮮はいまや四面楚歌である。

「一周忌」が近づき、今度は北朝鮮が核実験をするのではないかという懸念を聞く。ワシントン、北京、ソウル、東京……6者協議の担当者たちと会うと、話の最初か最後は、「やりますかね。どうですかね」となる。

 誰もが、ミサイル・ショックを引きずっている。

 まさか、あそこまでやるとは思っていなかった。中国、韓国の場合、かばってやっているのに、あそこまでしてやっているのにという気持ちもあるから、なおさらである。

 核実験をやるかどうか。

 それに答える前に、なぜ、ミサイル発射をしたのかを分析する必要がある。

 クリストファー・ヒル米国務次官補は、米上院外交委員会公聴会での証言(2006年7月20日)で、次のような理由を挙げている。

▼6者協議の他の国々、とりわけ米国に対し、交渉における立場を強めようと意図している。ミサイルが多ければ多いほど、その立場は強まると思い込んでいる。

▼自らをまともな核保有国として扱わせるため、核能力を誇示しなければならないと思っている。そのためには核の運搬手段のミサイル能力を高めておく必要があると彼らは信じている。

▼軍部が自らの力を誇示したかったのではないか。

 要するに、米朝交渉のカードの必要、核抑止力による地位とパワーの向上、軍部の発言力の高まり、と言うのである。

 もし、この分析が正しいとすると、論理的帰結としては、北朝鮮はいずれ、核実験を行うと見たほうがよさそうである。

 核実験に成功すれば、世界の主要国を真剣にさせられる、北朝鮮と真剣に話し合おうという空気も生まれてくるはずだ、と北朝鮮は考えているのだろう。

 北朝鮮の核はここ数年、露出度を高め、従来のアイマイ核能力からムキムキ核能力へと変質しつつある。核実験はその仕上げだ。

 金正日総書記と軍部との関係はわかりにくいが、金正日の軍部に対する支配力と把握力が衰えつつあるのではないかという観測がもっぱらである。

 おそらくは権力の世襲と関係しているのではないか。

 そろそろそれを考えなければならない時点に近づきつつある。

 ただ、そのためには、金正日が軍部に頭を下げなければならない。独裁者といえども、世襲に持ち込むのは大変な政治的術策とエネルギーを必要とする。毛沢東みたいに息子を朝鮮戦争で戦死させた非情さは金正日にはないようである。やはり世襲にこだわるのではないか。

 しかも、バンコ・デルタ・アジアの資金洗浄事件以来、海外の銀行での北朝鮮の秘密口座が軒並み凍結されている。米国は、中国・マカオだけでなくスイス、ベトナム、シンガポールの北朝鮮系企業の秘密口座にも照準を当てている。これらの資金のかなりの部分は、金正日の軍部“買収”資金ではないかと見られている。それが先細りになればコトである。

 ミサイル発射後、いくつか想定していなかった点を北朝鮮は反芻(はんすう)しているところだろう。

▼中国の対応が予想以上に厳しかった。中国も、当初は議長声明あたりでお茶を濁そうとしたが、結局は国連安保理の決議案に乗った。

▼米国の対応が予想以上に厳しくなかった。もっと米国を怒らせて、関心を向けさせようとしたが、イランとレバノンに食われた。

 同時に、いくつかは想定内のゲームとほくそ笑んでいるかもしれない。

▼国連安保理の強制力のある制裁発動は不発に終わった。国連安保理常任理事国のうち中ロ英仏どこも制裁発動を望んでいない。

▼6者協議のうち北朝鮮を除く5者協議は実際には生まれなかった。米国は、北朝鮮に対する6者協議内の圧力形成のため5者協議を追求しているが、中国はそれには否定的である。

▼米国主導の10カ国会議も立ち上がる公算は薄い。これは先のASEAN地域フォーラム(ARF)の際、米国が働きかけ開いたが、中国はその定例化には反対で、これまた米国の思いつき外交の域を出ない。

▼韓国はミサイル発射に大いにうろたえたが、「民族協力」の錦の御旗を掲げさえすれば、ついてくる。

 中国も一時は、北朝鮮政策の「再考」あるいは「再検討」を口にしたが、このほど開かれた党上層部の外交政策検討会議では、「現状維持プラスα」(中国政府機関幹部の表現)にとどまった模様だ。

 ただ、中国内部にはさまざまな意見が出始めている。

 知人の有力シンクタンク研究員(東アジア専門)は、中国は北朝鮮の核実験をやめさせるために三つの外交的テコを使うべきだと主張している。

(1)中朝友好協力相互援助条約(1961年締結)を廃棄、あるいは修正する。

(2)中朝国境を封鎖する。

(3)食糧・エネルギー支援を減額する。

 (1)については、2、3年ほど前、中国国内でずいぶんと議論されたが、もう一度、噴き出す可能性がある。香港の人権団体「中国人権民主運動情報センター」は、中国共産党がその見直しを含め、議論に入ると伝えた(朝日新聞、9月14日付)。核実験予防のための牽制である可能性が強い。

 (2)は、北朝鮮のエリート層をねらい撃ちする圧力である。北朝鮮のエリート層は、中朝貿易の口利き斡旋料でここ数年、羽振りがよいと言われるが、一時的措置にせよ国境封鎖は彼らに大きな打撃を与えるだろう。

 (3)食糧・エネルギー支援の削減は効果てきめんだが、これは最終手段だろう。

 ソウルで会った韓国政府要人の表情は険しかった。

「北朝鮮はますます思い詰めている。韓国ではもうどうしようもない。中国が最後の命綱だ。もし、中国が米国と一緒にこれ以上圧力をかけると、北朝鮮は完全に行き場を失う。そのときは暴発する危険がある」

 しかし、ミサイル発射の教訓は、それが米国に対してだけでなく中国にも向けられたメッセージだった点にあるのではないか。

 北朝鮮がもっとも恐れているのは米中協調であり、その恐怖感が北朝鮮を核実験に駆り立てているのではないか。


注 03年8月から昨年11月まで計5度、開かれたが、その後の米国による金融制裁に北朝鮮が反発。再開のめどは立っていない。