船橋洋一の世界ブリーフィング

船橋洋一顔写真

No.806 [ 週刊朝日2006年10月13日号 ]

中国フェニックス・テレビを率いる劉会長は「太平紳士」

 6者協議の開催場所として有名になった北京・釣魚台国賓館の一角。番号のふっていない建物の2階で、フェニックス・テレビ(鳳凰衛視=注1)の劉長楽会長(54)に会った。

 香港を本拠とする中国語衛星テレビ局の設立者である。

 応接室には、大型のテレビが4台、壁に埋まっている。フェニックスの24時間テレビニュース番組、CCTV(中国中央電視台)の番組、それに、台湾のテレビ番組、フェニックスの一般番組(映画)である。

 ここはフェニックス・テレビの北京オフィスだ。

 フェニックスは、海外の中国人、中国系向けの中国語衛星テレビ番組からスタートした。そうしたことから“中国語のCNN”などと呼ばれているが、いまでは中国本土でも2億人が同テレビ局の報道番組を見ている。

 こんな話がある。

 9・11テロが起こったとき、江沢民国家主席はたまたまそれをフェニックス・テレビのニュースで知った。

 CCTVは、9・11テロのニュースを完全にネグった。そのため、中国ではフェニックス・テレビを入れている人だけが、あの凄惨なシーンを見ることができた。

 2時間後、江沢民はブッシュ米大統領に直接、電話し、テロの犠牲者に対する追悼の言葉を述べるとともに、ともにテロに対して戦っていく決意を伝えた。

 江沢民の電話は、その後、続々と続いた各国首脳のブッシュへの電話の最初の一つだった。ブッシュはそれを多とした。

 江沢民がフェニックス・テレビを見ていたからできた電話外交だった。

 劉氏と会った日、中国共産党が、上海市トップの陳良宇・市党委員会書記=党政治局員=を同市の社会保障基金をめぐる汚職事件に関与した疑いがあるとして解任したことがわかった。

 第一報はフェニックス・テレビが伝えた。

「うちは12時の昼のニュース番組で報道しました。新華社より1時間近く前に伝えることができた」

 劉氏は嬉しそうだ。

 会長自身は、中国人民解放軍を経て、1980年、中央人民放送軍事部に入隊。89年にそこをやめ、石油関連のビジネスに「下海」した。その後、テレビ放送ビジネスを立ち上げた。

 このほかにも、劉氏が挙げたフェニックス・テレビの出色報道を挙げると――。

▼イラク戦争報道

 戦争の始まる前に報道チームをイラクに派遣した。戦争開始に伴い、いったんヨルダンに引き揚げ、戦争が終わった段階で直ちにイラクに戻し、報道を続けた。

▼レバノンのヒズボラ・イスラエル戦争

 これも、真っ先に現場に報道チームを送り、ライブで報道した。

▼イラン大統領の単独インタビュー

 核開発問題で欧米と対決しているイランのアフマディネジャド大統領が上海協力機構(SCO)首脳会議に出席した折、単独インタビューに成功した。外国のテレビメディアでは最初の単独会見だった。

▼ロシアの核・ミサイル産業の現場報告

 めったに入れないこれらの企業の生産現場まで入り込み、迫真報道を行った。

 タイの無血クーデターにも直ちに報道チームを送った。日本の自民党総裁選挙もライブ・カバーした。

「どんどん、報道チームをぶち込むことにしています。この点、わが社の本社が香港にあることが利点になっています。香港は、世界145カ国どこでもビザなし渡航が認められています。中国本土に本社があるとそうはいきませんから」

“記者魂”という言葉があるが、劉氏は、“フェニックス・テレビ魂”について語った。

 やはり9・11テロのときの話になる。

 フェニックス・テレビの女性キャスターは、その報を聞いて香港本社のスタジオに駆けつけた。お化粧をする時間もなかった。

 番組が始まり、彼女は言った。

「まず、みなさまにお詫びしなければなりません。今日はお化粧をしてきませんでした」

 来年には、英語の24時間ニュース番組を放映する予定である。

 この分野はこれまでBBCとCNNの独壇場だった。それが変わりつつある。

 カタール・ドーハに本拠を置くアルジャジーラの英語放送、アルジャジーラ・イングリッシュも近々、放映開始となる。英米系メディアの独占に対する世界の他のメディアの挑戦が始まろうとしている。一つはアラブ・中東から、もう一つは中国から。

 これまででいちばん大変だったのは、海外進出ではなく中国の国内進出だった。

 現在、広東省の全域でフェニックス・テレビの放映が認められているが、その他はこれからである。

 それでも、広東省の8千万人がフェニックス圏に入った。北京市も市民の4分の1はフェニックス圏に入ろうとしている。

 劉氏の標的は「影響力のある層」である。高収入、高学歴、高地位、高影響力の市民層に絞り込んだコンテンツ、角度、雰囲気、ネットワークを視野に入れている。

 その頂点に、中南海(中国の党・政府のトップが居住し、仕事をする特別の地区)のフェニックス圏がある。

 従って、一般国民向けのCCTVとは棲み分けできるはずだと劉氏は言った。

 もう一つ、劉氏が重視しているのは、視聴者との双方向性の強化である。ただ、ライブのコール・インはやらず、インターネットとファクスを中心に行う。

「やはり管理しないと、コントロールできなくなるおそれがありますから。例えば、法輪功グループなどに急襲されると大変です」

 と言って、笑った。

「世論調査では、両国とも若者の75%が相手の国を嫌いだと答えている。何とかしなければならない」

 と思っている。

 いままで、日本とはビジネス提携も薄く、日本を題材にした報道も弱く、日本の声の紹介も少なかった。それを変えるつもりである。

 まず、日本の常駐特派員を置くことから始める。

「誰か、これはという人がいたら紹介してください」

 と劉氏に言われた。

 田原総一朗、岡本行夫の両氏を招いて、中国側ととことん日中関係について討議した番組を放映した。日本の生の声を中国の視聴者にそのまま伝えることができた。

「大成功でした。ああした質の高い討議をこれからもやっていきたい。それが両国の相互理解の増進につながると思う。フェニックス・テレビが番組を通じて、日中間の懸け橋になることができればと思っています」

 ところで、劉会長からいただいた名刺には、

 劉長楽 太平紳士

 主席及行政総裁

 とあった。Justice of the Peace(注2)の中国語訳なのだろうか。

 まことに温顔そのものの劉長楽氏である。


注1 1996年放映開始。現在、ニュース、映画、北米向けなど、国内外向けに五つのチャンネルを持つ。

注2 英国の「治安判事」に由来するが、香港では司法上の権限はなく、地域の指導者が政府から任命される名誉職のこと。