船橋洋一の世界ブリーフィング

船橋洋一顔写真

No.810 [ 週刊朝日2006年11月10日号 ]

中国、いよいよ正念場
北朝鮮に“真綿”圧力作戦を展開へ

 中国が、唐家セン国務委員、戴秉国筆頭外務次官、武大偉外務次官を平壌に送り、金正日総書記に対し、二度と核実験をしないこと、そして6者協議に早期に戻ること、の2点を要求した。

 金正日総書記の回答は、あいまいだった。

 核実験は「現時点で実施する計画はない」が、「米国が圧力をかけ続けるなら対応せざるを得ない」。6者協議は「協議の枠組みに反対しているわけではなく、復帰する意思はある」が、「“金融制裁”が最大の障害になっている。いまは環境が整っていない」。

 どちらも条件を付けた。

 唐家セン国務委員はその後、北京を訪れたコンドリーザ・ライス米国務長官に対して、「幸いなことに、無駄足ではなかった(幸、没有白)」とその成果のほどを披露した。

 ライス国務長官は表向きは、中国の役割を高く評価したが、実際は相当失望したようである。

 米国は、北朝鮮は無条件で6者協議に復帰すべしとの立場である。しかし、中国は北朝鮮を復帰させるに当たって、米国にも「柔軟性」を求めた。

 しかも、北朝鮮は、「外界の圧力が強まったり、不公正な圧力が加えられたりしたら、一歩進んだ措置をとるだろう」とも伝えている。これは核を背にした脅しに近い。米国はそのような脅しは許さない。

「中国はまだ本気ではない」という声がブッシュ政権中枢からは漏れてくる。

 中国政府サイドから伝わってくる話は少し違う。

「今度は、真剣勝負だった。こちらは真っ正面から厳しいことを伝えた。北朝鮮側も真っ正面から彼らの意見を述べた。中国側は北朝鮮が再び核実験をするかどうか、北朝鮮側は中国がどこまで圧力をかけるか、それを互いに必死になって探ろうとした。火花が散った」

 内情を知る中国政府機関幹部はそう言った後で、こんな内輪話に触れた。

 北朝鮮側は、重要な外交問題、なかでも核問題で、中国から平壌に送る代表団に対してはまず、姜錫柱第1外務次官が仁王のように立ちはだかり、原則的(しばしば教条的)な表現(レトリック)と戦闘的(しばしば好戦的)な姿勢(ボディーランゲージ)で問いつめる。その後で、金正日との会談があり、そこでは金正日が“寛大”な取り扱いをすることが多い。

 しかし、今回はそのような儀式は行わず、金正日は直ちに唐家セン一行との会談に応じた。

 それだけ、北朝鮮側が中国に気を使い、中国を内心深く恐れているからにほかならない、というのである。

 しかし、北朝鮮のほうが中国より一枚上手のゲームをしたのではなかったか。

 北朝鮮側は会談後、「ケンカ別れでなかったことを示すため、一行との記念写真を公表した」(同政府機関幹部)。ただ、北朝鮮側は、北京から中国政府の高官が3人も平壌に吹っ飛んできたことを世界に周知させようというねらいを、この一枚の写真に込めただろう。当然、そこには、いまや紛れもない「堂々たる核保有国」となった北朝鮮が、世界の注目の的であることを知らしめる効果を計算に入れているはずである。

 要するに、北朝鮮は早くも核保有国としての新しい核ゲームを始めているのである。

 中国は体よくそのゲームにつき合わされた形である。いつまで、こんなゲームにつき合うつもりなのか。

 7月のミサイル発射と10月の核実験で、中国の北朝鮮に対する影響力の限界は誰の目にも明らかになった。

 6者協議の主催国としても、中朝友好協力相互援助条約の締結国(つまりは同盟国)としても、北朝鮮に対する最大の援助供与国としても、これでは立つ瀬がない。ライス国務長官が北京に来る前に急遽、国連安保理の北朝鮮制裁決議(1718号)の実施協調を進めるためのデモンストレーションの旅に唐家センら一行を平壌に派遣したが、「無駄足ではなかった」程度の成果しか手にすることができなかった。北朝鮮は、中国のメンツを一応は立てて、一行を帰した。

 当面、中国は北朝鮮に対する目に見えない圧力をかけることになるだろう。

 中国の銀行の外貨送金業務の停止、北朝鮮の個人や企業が開設した口座の外貨扱いの凍結、北朝鮮企業の口座の監視・点検強化、丹東市における中朝国境貿易の管理強化などを目立たぬように実施する。すでに、中国銀行が北朝鮮向けの外貨送金業務の受付を停止しつつあると報道されている。

 これは、言ってみれば、真綿圧力作戦である。

 公海上でのおおっぴらな臨検には加わらない。しかし、裏では北朝鮮エリート層の外貨ビジネスを締め上げる。荒縄は使わない。しかし、真綿を使って、相手の首をじわじわとしめる。

 米国は、6者協議の北朝鮮以外の5カ国による5者協議に持ち込みたい。もし可能であるならば、11月中旬のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議の際、5者の首脳協議を開催できないか、と模索している。

 それによって北朝鮮に対する圧力を一気に強めようというねらいである。

 米国はこれまで6者協議代表のレベルや外相レベルでの5者協議を何度か試みたが、うまくいかなかった。中国が「北朝鮮を刺激するのは望ましくない」と言って、反対したからである。

 しかし、中国もここまでくると、5者協議に頭から反対というわけにはいかない。北朝鮮の出方次第では、中国もそれを受け入れる可能性はある。

 ただ、その場合、北朝鮮が「外界の圧力が強まったり、不公正な圧力が加えられたりした」ケースと見なす可能性もある。

 APEC開催中、第2次核実験という危機的事態になる恐れも皆無ではない。  

 北朝鮮は、ブッシュ政権は北朝鮮を軍事攻撃しないと踏んでいるだろう。米国はイラクの泥沼に足を取られて動けない。少なくとも向こう2年間、イラクから米軍を撤兵することはできないと見ているに違いない。

 そこで、鬼の居ぬ間にミサイル発射と核実験の大ギャンブルに打って出た。

 米国もどこも中国に頼らざるを得ない。

 ただ、中国の真綿圧力作戦が所定の効果を上げることができなかった場合、その先はどうなるのか。

 中国は荒縄圧力作戦に向かうだろうか。

 もしそうなれば、北朝鮮は、核保有国であることをより明確に誇示し、中国と対峙することになるだろう。

 そのときは、中国が北朝鮮を見捨てる日となるかもしれない。

 その際、

・指導者個人を見捨てるのか。

・体制を見捨てるのか。

・北朝鮮という国を見捨てるのか。

 それはいまの段階ではわからない。

 現時点では、中国はそのシナリオをまだ本気で考えてはいない。

「金正日後」の前に、中国も北朝鮮と同じく「ブッシュ後」に期待し、時間稼ぎをする可能性のほうが強い。

 中国の影響力の限界とともに、中国頼みの危険も知っておく必要がある。