船橋洋一の世界ブリーフィング

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No.811 [ 週刊朝日2006年11月17日号 ]

「小泉前首相を平壌に特使で」の声も
6者協議再開でも北朝鮮問題は手詰まり

 北朝鮮が6者協議に復帰することになった。

 11月中にも実現すると見られている。もし、そうなれば2005年11月から1年ぶりとなる。

 米朝及び米朝中間で事前にどういう水面下のやりとりがあったか、まだわからないが、米国は少し急ぎすぎたという感じがする。

 ブッシュ政権が、中間選挙で核実験を争点にしたくなかったことと、6者協議があたかも作動しているかのような印象を国民に与えようとしたことが、再開を急いだ背景にはあるだろう。北朝鮮はそれを重々承知の上で、6者協議復帰を中国側に伝えたものと見える。

 朝日新聞によれば、再開に向けてのお膳立ては、核実験の3日後に中国・瀋陽で極秘に行われた姜錫柱・北朝鮮第1外務次官と李肇星・中国外相の会談だった。

 ここで、李外相は、核実験への強い不快感を伝え、追加実験をしないよう求めた。さらに中国の立場を金正日総書記に正確に伝えるよう、強い調子で迫ったという。

 一方、姜次官は、協議復帰に向けた米国との仲介を中国に依頼した。

 10月19日、中国の唐家セン国務委員、戴秉国筆頭外務次官、武大偉外務次官が平壌を訪れ、金正日総書記と会談したが、それはこの瀋陽での会談の延長線上にあった。

 その後、25日、李外相が、ライス米国務長官に電話し、ヒル国務次官補を北京に送ってほしいと伝えた。米中朝協議は、北朝鮮の提案だったという(朝日新聞、11月2日付)。

▼北朝鮮は6者協議に戻る。

▼米国は6者協議の場で、北朝鮮と金融制裁問題を話し合う。

 おそらく、事前にそのような取引をしたのだろう。

 北朝鮮のゴネ得の形である。

 北朝鮮が寧辺の原子炉を止めてからとか、核実験は二度としないといった条件をのませた上で協議を開くべきだったのではないか。それができないうちは国連安保理の経済制裁をとことん追求するというやり方もあったという気がする。

 北朝鮮に核実験を許したことが痛かった。これにより、ブッシュ政権の北朝鮮政策はメルトダウンした。国内的に弱い立場に立たされた。しかも、選挙直前である。

 ところで、姜錫柱と李肇星はその昔、北京大学に学んだ時、寄宿舎で同室だった。ベッドの割り当ては、姜錫柱が上、李肇星が下だった。中朝それぞれの代表団が相手国を訪問する時など、李肇星がマオタイを、姜錫柱が焼酎を、それぞれ先方に届けさせることがあるという。

 これまでの中朝協議では、この2人はあまり表に出てこなかったが、今回は、この人脈がモノを言った形である。

 さて、6者協議が再開したとして、何を話すのか。

 北朝鮮の外務省スポークスマンは、「われわれは6者協議の枠内において朝米間で金融制裁解除問題を論議、解決するという前提の下、(6者)協議に出ることにした」と述べている。

 しかし、米政府は「北朝鮮が無条件で復帰を受け入れた」との立場である。「米国の法律や規定は、はっきりしている。北朝鮮も不法活動に手を染めないことが簡単な解決方法だと理解している」(マコーマック国務省報道官)とクギを刺している。

 資金洗浄(マネーロンダリング)や偽造紙幣取り締まりを追及する米財務省などの“金融シェリフ”は、“金融制裁”が金正日体制をひび割れさせていると自信を深めつつある。

 しかし、そうであればあるほど、北朝鮮は核保有にしがみつく。北朝鮮の外務省報道官は、「最近、われわれは米国の増え続ける核脅威と金融制裁に対処し防御的対応措置を取った」と述べている。核実験のことを指している。

 北朝鮮核危機は、米国の“金融制裁”(体制転換)と中国の北朝鮮への圧力(6者体制維持)を、北朝鮮が核保有で抑止するという対決構図となりつつある。

 北朝鮮が核を保有したいまは、6者協議による核放棄は一段と難しくなった。

 米国は、北朝鮮に対する軍事オプションを持っていない。イラクで手いっぱいであることに加え、いざという時は、イランに対する軍事外科手術的作戦を考えておかなくてはならない。したがって、いまは、国連安保理(制裁決議)と6者協議(2005年9月の共同声明)を使って、北朝鮮を核放棄プロセスに縛り付ける以外ない。

 ただ、北朝鮮が6者協議で核保有国面するようだと、北朝鮮の体制転換を求める声が強まるだろう。

 すでに、そういう声が強まりつつある。

 この間も、友人の国際政治学者や中国、朝鮮半島の専門家たちと一緒に食事をする機会があった。いずれも中道・穏健派の面々のはずだが、こうなれば最後は、北朝鮮の体制転換しかないか、という気分が勝っていた。

 こんな会話と相成った。

「“金融制裁”がいかに効果的か、よくわかった。かくなる上は、マカオなどではなくスイスの銀行の金正日やファミリーの口座を凍結するよう、スイスに圧力をかけたらどうなのか」

「北朝鮮の人権問題にもっと目を向ける時だ。これまではそれにあまり焦点を当てると核問題解決にマイナスになると控えていたきらいがあるが、北が核を持ってしまった以上、ためらうことなく人権問題を突きつけるべきだ。それによって和平演変(下からの体制転換)を促すべきだ」

 そのうち、酒の勢いも手伝って、会話はだんだんと過激になってきた。

「金正日の料理人を再び、平壌の金正日宮殿に送り込む。そして、毒殺する、ってのはどうだ」

『金正日の料理人』(藤本健二著、扶桑社)は、1982年から計13年間、北朝鮮にいて、グルメの金正日専任のシェフとして働いた日本人料理人の記録である。

「いや、どうせ送り込むのなら、小泉さんがいい」との声も上がった。

 小泉純一郎前首相を平壌に特使で送り、金正日とさしで会談させ、6者協議の共同声明を一気に実施させるというアイデアである。

 1994年6月、ジミー・カーター元米大統領が平壌を訪問し、金日成国家主席と会談、あわや戦争というところまで行った核危機を解決した。その後、米朝は「枠組み合意」を結び、プルトニウム生産の凍結体制に入った。

 ジミー・カーターはこのほど、平壌に特使を送り、金正日との間で頂上会談を行い、第2次核危機の解決を呼びかけた。その際、ブッシュ父政権のジェームズ・ベーカー国務長官を特使に派遣してはどうかと提案している。

 どうせ送るなら、小泉特使のほうがおもしろい。

 日朝正常化交渉は成功しなかったが、ブッシュに米朝交渉を最後のお願いのように口説いた“実績”がある。

 こんなファンタジーが語られるのも、6者協議に対する懐疑が深まっているからだろう。それは、ブッシュ政権に対する絶望、中国に対する不信感、日韓の無力、それらに対する言いようのない苛立ちを表している。