船橋洋一の世界ブリーフィング

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No.813 [ 週刊朝日2006年12月1日号 ]

中韓両国への「隣交」をもう一度、始めるときである

 日本政府高官は、このほど日本を訪れた中国政府高官に、ある提案をした。

 日中韓の間では、高校生の外国語必修のうち第1外国語を英語、第2外国語をそれぞれ他の2カ国の言語としてはどうだろうか。

 例えば中国では日本語と韓国語、韓国では中国語と日本語、日本では中国語と韓国語をそれぞれ第2外国語とする。

 中国政府高官は興味深そうに聞いたという。

 このアイデアはなかなかいい。外国を知るには、その国の言葉を勉強するに限る。

 日中韓とも国民は相手のことを知らない。それなのに知っているような気になっている。そこに北東アジアの関係の危うさがある。

 その昔、日中を「同文同種」(注1)という言葉でくくった時期があった。これなど思い込みの最たるものだ。日中は同文でも同種でもない。お互いに歴(れっき)とした外国である。

 高校生から第2外国語として相手の言葉を学ぶということは、相手の文化も歴史も社会も政治も知らないというゼロ・ベースで、相手を知る営みを始めようということである。

 それが点火したり、発酵したりして、さらにその国に留学したいという気持ちが芽生え、その国の人々との生涯のつきあいも始まる。

 相手の国の言葉を学ぶことは、その国とその国の人々に対する生涯のコミットメントにほかならない。

 国際交流の原点は、相手の言葉を学び、相手に日本語を学んでもらい、それぞれ生涯のおつきあいをすることだと私は思っている。

 中国から日本に留学している学生たちを見ると、さらにその思いを強くする。

 中国からの留学生の中にはかなりいい加減な者もいるようである。しかし、私が知っている留学生はまじめに勉強し、日本人学生と溶け合い、学生生活を満喫している。

 私はいま、東京大学公共政策大学院で教えているが、去年も今年もゼミには中国人留学生が参加している。

 ゼミにおける報告は、すべて日本語であり、提出論文もすべて日本語である。

 去年は、北朝鮮の核問題を扱った。中国人留学生(3人)は、拉致問題、北朝鮮核問題に対する中国の対応、中朝関係全般についてそれぞれ報告したが、いずれも立派なできばえだった。

 今年は「外交問題としての歴史問題」を学生と一緒に事例研究しているのだが、中国人留学生(1人)は積極的に議論の輪に入る。彼女が教わった中国の小中高の歴史教育についても的確にブリーフしてくれる。このゼミには米国人とドイツ人も加わっているが、彼女のプレゼンテーションに皆、大いに啓発されている。

 中国からの日本への留学生の数は、中国から米国への留学生の数より多い。彼らは生涯、日本へのコミットメントを持ち続けるだろう。日本の友人との末永い交際を続けることだろう。

 そうあってほしい、とつくづく思う。

 日中韓の言葉を高校生の第2外国語にすれば、広範な留学生予備軍が生まれる。それがかなり分厚くなったところで、日中韓における100万人単位の21世紀一大留学生計画をつくることを考えたい。

 日中韓はまず、互いを外国として襟を正してつきあうべきだ、と先に述べたが、同時にこの3カ国間の関係は、単なる外交関係を超えた社会と社会の横断的な交流、交歓、交際を深める「隣交」へと発展させるべきである。

 もう8年近く前になるが、当時の小渕恵三首相が21世紀の日本のあるべき姿を描くために、首相直属の懇談会(「21世紀日本の構想」懇談会)を立ち上げた。2000年1月、その答申が公表された(『日本のフロンティアは日本の中にある』、2000年、講談社)。

 答申は、日中韓3カ国の関係について「隣交」という概念を打ち出した。

 その一節を紹介しよう。

「21世紀には、地理的な近接性を持ち、歴史的・文化的な関係も深く、今後の潜在力を秘めた東アジアにおける協力関係を一段と強化すべきである」

「特に日本と韓国・中国との関係は、単に外交という名で呼ぶには足りない。その関係は外交と呼ぶには余りにも深く、にもかかわらず、十分に深まっているとはいえない。外交的な努力だけでは掴みきれないものをすくいとり、深みのある関係を築く営みが必要である。そういう営みを『隣交』と呼ぶことにしたい」

「中国と韓国(朝鮮半島)との関係を長期的に安定させ、信頼関係を結ぶには、これまでの通常の外交努力では不十分であり、観光的、風俗的、流行的な理解では追いつかない。ある種の国民的な覚悟が必要である。そういう意味での『隣交』である」

「『隣交』に踏み出すにあたっては、日本人がこれら隣国の民族の歴史、伝統、言語、文化を十分に理解することが求められる。そのためには、学校教育において両国の歴史と日本との関係史、とりわけ現代史を教える時間を充実させるとともに、韓国語や中国語の語学教育を飛躍的に拡充するのが望ましい」

 この「隣交」提言は、韓国では大きく報道された。そのころ、韓国の友人が、日本がいよいよこちらを向いてくれそうですね、と声を弾ませて電話してきたことを覚えている。

 1998年10月、小渕恵三首相と金大中・韓国大統領との間で“日韓和解サミット”(注2)が行われた流れを受け、「隣交」を受け入れ、推し進めようとする楽観主義がそのころは日韓ともにあった。

 いま、それはない。

 とくに、盧武鉉政権と小泉純一郎政権の誕生後、両国関係はぎくしゃくした。小泉首相の靖国神社参拝も悪影響を及ぼしたが、それだけではない。根底には、北朝鮮の脅威に対する日韓の間のギャップがある。

 韓国は、北朝鮮がミサイルを発射しようが核実験しようが、直接、韓国を標的にしてはいないと民族的な確信を持っている。韓国の恐怖は、米国や日本の核に対する過剰反応が北朝鮮の過剰反応を引き起こし、軍事衝突が起こることであり、韓国がそれに巻き込まれることである。

 ブッシュ政権内部からは、こうした韓国は積み残して、日米中で朝鮮半島問題を解決していくときだとの意見も出始めている。日本の外務省の親韓派でさえ、「盧武鉉相手には何も動かない」(外務省高官)と、この政権をすでに見限っている。ブッシュ政権はさらに辛辣だ。

 しかし、私がここで言っているのは国家百年の計の話である。

 将来のビジョンをともに語らなさすぎることが、北東アジアの過去の克服を妨げている。日中韓は、北東アジアの平和と繁栄についての夢と将来像を大いに語るべきである。

 日本からそれを描き、口にすることだ。

 中国は耳を傾けつつある。

 韓国も耳を澄ましているはずだ。


注1 使う文字も人種も同じという意味。主に日本と中国の関係を指して使われた。

注2 訪日した金大中大統領に小渕恵三首相(いずれも当時)は、植民地支配への「痛切な反省と心からのお詫び」を表明、歴史問題にひと区切りをつけた。