船橋洋一の世界ブリーフィング

船橋洋一顔写真

No.823 [ 週刊朝日2007年2月16日号 ]

スポーツは人生と世界を変える力持つ
ホームレスW杯立ち上げた社会起業家

 今年のダボス会議で会った人々のうちとりわけおもしろかったのが、社会起業家たちである。

 そのほとんどは、NGO(非政府組織)の活動家たちなのだが、ビジネス的センスを生かしつつ、社会変革を進めている。

 そのうちの一人、スコットランド出身の英国人、メル・ヤングに、ダボスのコングレス・センターの社会起業家コーナーで話を聞いた。

 ヤングは、ホームレス・ワールドカップの共同創設者であり、理事長である。

 これは、ホームレスによるストリート・サッカー(注1)の世界大会である。主催は、INSP(ストリート・ペーパー国際ネットワーク=注2)。

 ヤングは、「ビッグイシュー・スコットランド」というストリート・ペーパーの編集長をしていた。貧困をはじめ社会問題を正面から報道し、論評する雑誌だ。「ビッグイシュー」は英国からはじまり世界に広がった雑誌で、ホームレスを売り手として雇い、彼らの社会復帰を手伝っている。

「2001年、ケープタウンで、INSPの会議が開かれた際、仲間とバーで飲んだ。話の中で、いっそのことホームレス・ワールドカップを立ち上げようじゃないか、と盛り上がったのがきっかけだ」

 03年、オーストリアのグラーツで最初の大会が開かれた。参加18カ国。その後、04年にスウェーデン・イエーテボリ(16カ国)、05年にエディンバラ(27カ国)、06年にケープタウン(48カ国)と年々、盛んになってきた(07年は、コペンハーゲンの予定)。

 選手の参加資格は、16歳以上の男女。参加以前の1年間、ホームレスの者、ストリート・ペーパーの売り手として働き生計を立てている者、参加以前の2年間、麻薬中毒のリハビリ治療を受けてきたホームレス。

それから難民、亡命者も認められる。ウガンダの虐殺でかろうじて生き残った同国代表の女性選手もいる。最大限、2回まで出場できる。

 ケープタウン大会には500人の選手が参加した。予選を入れれば1万人のホームレス選手がピッチを走り回ったことになる。

「どんな人々が選手にいるかって? それはいろいろだ。9・11テロでホームレスになった米国の選手もいる。9・11テロ後、ワールド・トレード・センターにあった店が閉鎖され、仕事を失った。少しは退職金をもらったが、仕事が見つからず、結局、シェルター行きとなった。暴漢に襲われ、顔をメチャメチャに殴られ、つぶされた。しかし、シェルターに張られたワールドカップのビラを見て、一念発起した。彼は米国チームのゴールキーパーになった。やはり20代のスコットランドの選手は、アルコール中毒患者で、グラスゴーのシェルター送りとなった。しかし、サッカーで健康を取り戻し、04年の大会に参加した。その後、大学でサッカーコーチの資格を取った。いま、スコットランド・チームのコーチ助手をしている。最近、結婚した」

 仕事を持つ、家を持つ、家族を持つ。見事、社会への復帰を果たした例である。

「ホームレス・ワールドカップ選手から、ホンモノのサッカーのプロになるためがんばっている者も現在、8、9人いる。ウクライナ・チームの選手で1人、すごいのがいる。彼がプロに入団すれば、ビッグ・ニュースだ」

 ヤングは、二つの数字を挙げた。

 77%:大会に出たホームレスの77%は以後、ホームレス生活を脱却した。

 56%:大会に出た麻薬治療者の56%は以後、麻薬と絶縁した。

 スポーツは人生を変え、世界を変える力を持っている。

 選手たちはどこから変わるのか。

「まず、背筋をピンと張るようになる。ピッチで、胸を張って、国歌を歌うようになる。次に、人々のホームレスを見る目が変わってくる。ホームレスの人々は、応援を受け、サインを求められるようになる。イケメンの選手となると、女性に追いかけられる」

 ホームレス・ワールドカップでは、参加選手全員にメダルを手渡す。 「あなたのレジュメ(履歴書)にワールドカップに出て、メダルを取ったと記載される」

 目に見えないところの変化も大きい。

 例えば、競争意識。

「ワールドカップは、熾烈な競争だ。手抜きはない。これは福祉事業ではない。施しではない。われわれは、彼らをあやしたりはしない。ワールドカップは、それぞれ国を背負った代表チームのぶつかり合いなのだ。彼らは本気で勝ちたいのだ。人生においても生活においても競争は避けられない。その現実に改めてさらされ、彼らはそれを受け入れるようになる」

「ホームレスの人々は例外なく、負けると誰かのせいにしたがる。自分以外の誰かが悪い、だから自分はこんな状態になったと思いたがる。そこから抜け出すことが肝心だ。そのためには自尊心を取り戻すこと、それが自信につながる。それからいかに負けるかを学ぶことだ。試合も人生も、勝ったり負けたりなのだから」

 ケープタウン大会では、1週間の大会開催中、10万人の観客を動員した。

 そこで、思わぬ発見もしたという。

「黒人たちは、デンマークなどからやってきた白人のホームレスたちを見て、最初びっくりした。彼らは、ホームレスといえば、黒人と思いこんでいたらしい。自分たちだけではないのだ、黒人だけがこういう境遇とは限らないのだ、という発見があったようだ。彼らの心の中に、人種を問わず、同じ人間として、立ち向かうべき挑戦を共有しているという意識が芽生えたのではなかったか」

 ホームレス・ワールドカップには最初から、ナイキとUEFA(欧州サッカー連盟)がスポンサーとして協力してきた。

 有名プロチームも応援している。マンチェスター・ユナイテッドは英国チームを、レアル・マドリードはスペイン・チームを技術指導などの形で支援している。

「観客の中に、フーリガンはいないんですか?」

「まったくいません。雰囲気は、とても家族的です」

 04年の大会には、日本チームも参加した。

「年齢も高く、正直言ってレベルはひどかった。しかし、そんなことは問題ではない。日本チームはフェアプレー賞を受賞した。選手たちはピッチから観客に深々とお辞儀をした。観客はニッポン、ニッポンと声援を送った。その後、日本チームは参加していない。また、来てほしい」


注1 チーム4人(うち1人はゴールキーパー)、サブ・メンバー4人。試合時間は前後半7分、ハーフ1分。ピッチは22メートル×14メートル。ボールは通常と同じ。フットサル(チーム5人、20分ハーフ、ピッチ40メートル×20メートル)よりやや小ぶりである。

注2 世界27カ国で、ストリート・ペーパーの販売を通じてホームレスの仕事をつくり、自立を応援する団体・組織が参加するネットワーク。