船橋洋一の世界ブリーフィング

船橋洋一顔写真

No.824 [ 週刊朝日2007年2月23日号 ]

“地球大統領”アル・ゴアが告発する
米国と中国の「不都合な真実」

 元米副大統領、アル・ゴアの映画「不都合な真実」(注1)を見て、ゴアとはこんなにも情熱的な人だったのか、とすっかり見直した。

 クリントン政権時代、ゴアは何事もガリ勉で政策には強いが、面白みのない堅物、といったイメージで見られた。2000年大統領選挙でブッシュに敗れ、過去の人になった。

 だが、ゴアはその後、地球温暖化の脅威を訴え、千回を超えるスライド講演をして世界各地を回った。

 そのゴアの環境行脚を密着撮影し、彼の熱い思いをホカホカと発散させるドキュメンタリー映画である。彼は米国の大統領にはなり損なったが、いまや押しも押されもせぬ地球大統領だ。

 ゴアは、若いころ、新聞記者として働いた。ベトナム戦争も現地で取材した。環境・地球温暖化への関心はそのころからである。ゴアは持続する志を貫いた。その後、地球温暖化の影響を調査報道記者のように追ってきた。

 地球の気温が年々、上がっている。

▼気候観測史上、最も暖かい年の上位10年は、すべて1990年以降に集中している。

▼キリマンジャロの雪が消えつつある。いまの速度で溶け続けた場合、2020年にはすべて消えているかもしれない。

▼北極の氷はこの40年間で、40%も減った。今後、50年から70年で、北極の氷はなくなるだろう。

▼2000年、カモメが初めて、北極で観察された。

▼北極海の海氷を求めて100キロも泳いだ揚げ句、溺死したホッキョクグマの生態が記録されている。

▼数百万に及ぶ渡り鳥が渡りきれずに、死滅した。

 ゴアのメッセージを裏打ちするかのように、国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第1作業部会」会合がこのほど、第4次評価報告書を発表した。それによると、

▼1906~2005年の世界の平均気温は、0・74度上昇した。北極の気温上昇率は、地球全体の平均のほぼ2倍。

▼海面は20世紀の100年間で、約17センチ上昇した。海水温の上昇も3千メートルの深さまで及んでいた。

▼主要な温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)の濃度は、産業革命以前の約1・4倍。メタンは2・5倍になった。

「過去半世紀の気温上昇のほとんどが人為的温室効果ガスの増加による可能性がかなり高い」と結論づけ、21世紀末には、循環型社会を実現しても約1・8度の、化石燃料依存の高成長のままだと約4度の、気温上昇が避けられないと予測している。

 このままだといずれ地球は焼きリンゴみたいになってしまう。

 ゴアにとって痛恨事は、クリントン政権の副大統領として1997年の京都議定書(注2)の締結の立役者となったのに、肝心の米国が署名はしたものの、批准しなかったことである。

 しかも、ブッシュ政権は最初から京都議定書を敵視した。ブッシュは、それを「根本的に言って、まったくの欠陥商品」と言って切り捨てた。

 京都議定書を批准し、その約束に従って、強制的に二酸化炭素の排出量を削減するのは、米国の経済成長を阻害する、しかも、中国などの開発途上国が削減義務を負わないのはおかしいと主張した。

 中国をはじめインド、ブラジルなどの開発途上国、それも新興工業国は、京都議定書で排出量を削減する義務を負う必要はない、との立場である。

 彼らは「地球温暖化は先進国が工業化に伴って排出してきたから起きた。先進工業国の削減が先である」と主張、途上国に削減義務を課す動きには反対してきた。たしかに、一人当たりの二酸化炭素排出量では、開発途上国は先進工業国の5分の1にすぎない。

 ただ、今後、地球を誰よりも汚すのは新興工業国である可能性が強い。なかでも、中国だ。

 国際エネルギー機関(IEA)は、中国は2010年、米国を抜いて世界最大の二酸化炭素排出国になり、2030年には、世界の二酸化炭素の排出量(400億トン)の4分の1を占めると予測している。

 中国は、“地球汚染罪”で被告席に立たされることを警戒している。

 第4次評価報告書の草稿では、温暖化が人為的温室効果ガスの増加によることを示す数値が、太陽放射量の変化による自然由来の影響の数値よりも「少なくとも5倍の大きさ」とする表現があったが、中国はこの数値を記載することに抵抗し、それを削除させた。

 京都議定書の約束期間は2008年に始まるが、議定書は、世界一の温室効果ガスの排出国である米国が離脱した上、2位の中国を含めた途上国に削減義務を課していない。義務を負う先進工業国の排出量は世界の3割程度である。

 京都議定書は2012年に切れる。翌年以降の「ポスト議定書」に向けて、中国、インド、ブラジルなどの新興工業国をどのように地球環境防衛機構に組み込み、温室効果ガス削減を義務づけるかがカギである。

 そのためには、米中両国が地球環境を守るための、パートナーシップを組む以外ない。

 米国は、国民の意識改革が必要だ。変化の兆しはある。

 ハリケーン・カトリーナが、地球温暖化の恐怖を思い知らせることになった。カトリーナ以降、地球温暖化を否定するのは、ホロコーストを否定するような犯罪的な行為となりつつある。

 もう一つ、米国がこれを安全保障上の挑戦と位置づける可能性もある。

 2004年に、ペンタゴンがひそかに研究していた地球温暖化による「気候変動戦争」シナリオが報道されたことがある。ラムズフェルド国防長官(当時)の知恵袋でもあった戦略家のアンドリュー・マーシャルが中心になって行った。

 それによると、多くの欧州の都市は水面下に沈み、海流の変化などによって英国は2020年までにシベリア並みの寒冷地帯に変わってしまう。地球はアナーキー状態となり、食糧と水とエネルギーをめぐって国家間の核の脅しもありうる、という陰惨なシナリオだ。

 世界の最大の安全保障上の脅威は、テロではない、地球温暖化であるとし、「再び、世界は、戦争が人間生活を規定することになるだろう」と結論づけている。

 中国はどうか。

 エネルギー・環境問題は、中国の開発戦略と超大国戦略の最大の隘路(あいろ)となるだろう。中国の政治指導者もその点を何度も強調している。ただ、それを克服するため、米国や世界とどこまで協調するかはわからない。

 米中両国で、世界の二酸化炭素排出の40%を占める。どちらが先に、京都議定書に率先して目玉を入れるか。

 それができないままの米中それぞれの一国主義は、世界にとってまことに「不都合な真実」と言うべきである。


注1 原題は"An Inconvenient Truth"。監督はデイビス・グッゲンハイム。

注2 二酸化炭素、メタンなど温室効果ガスの削減目標を定めた。90年比で日本が6%減、EUが8%減など。米国は7%減だったが批准せず離脱した。