船橋洋一の世界ブリーフィング

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No.829 [ 週刊朝日2007年3月30日号 ]

「日本孤立」の内なる構造に 目を向ける時だ

 3カ月ぶりにワシントンに来てオヤッと思ったのは、知日派が日本への違和感を表明し始めたことである。

 話がいわゆる従軍慰安婦の問題に及んだからかもしれない。というより誰もがこの問題を向こうのほうから持ち出す。

 米下院に、日本政府が従軍慰安婦について責任を認め謝罪するよう求める決議案が提出されている。それに対する日本の政府・自民党内の反発と反論が「日本の性の奴隷問題、『否定』で古傷が開く」(ニューヨーク・タイムズ)などと報道される。

「日本の政治家はいったい何を考えているんだ。拉致問題に同情的な共和党議員までが、こんな状態では決議に反対はできないと言っている」(米議会スタッフ)

「日本の政治家は、河野談話の修正(注1)要求などを持ち出し、慰安婦問題に火をつけ、拉致問題における日本の立場を台無しにしてしまった」(ブッシュ政権前高官)

「靖国神社問題であれほど外交的に失点したのに、慰安婦問題でさらに失点を重ねるつもりなのか。日本がこんな状態では、米国はアジア太平洋の戦略問題について、さらに中国を相談相手としていかざるを得ないだろう」(有力シンクタンク副理事長)

 日本の存在が薄まっているということはここ数年言われ続けてきた。それでも、小泉・ブッシュ時代は、対テロ戦争の“戦友”といったイメージで見られたし、リチャード・アーミテージ、マイケル・グリーンといった知日派が政権中枢で外交政策を担当したこともあり、対日関係は戦略的に組み立てられた。

 しかし、安倍・ブッシュ時代になると、その双方とも剥がれ落ち、対日関心は“勝手連”によってそれぞれの利害・関心を投影する形で埋められつつある。エスニック(諸民族)系やNGOなどの主張が民主党多数派議会には反映されやすい。慰安婦決議案にもそういう面がある。

 また、日本のほうも戦後世代の政治指導層を中心に、拉致とか従軍慰安婦といった“シングル・イシュー”(個々の関心・情念を尖らせた案件)で外交を染め上げる傾向が強まっている。

 その過程で、日本が国際社会から浮き上がる危険が生じている。

 実際、ブッシュ政権は日本政府に対して、高いレベルで内々、「慰安婦問題は靖国神社参拝問題とは違う。誰も日本を弁護できない」と厳しい認識を示した上で、「慰安婦問題によって日本が国際的に孤立する危険」に「深い懸念」を伝えたという。

 6者協議でも、日本は難しい立場に立たされることになった。

 2月に合意した北朝鮮非核化のための「共同声明」(注2)の「初期段階の措置」では、日本だけが拉致問題に進展が見られないと、北朝鮮に対するエネルギー支援への参加を見送った。

 拉致問題に関しては、2002年9月の小泉首相の訪朝の際、金正日総書記がそれを認め、謝罪した。ただ、13人の拉致認定者のうち5人とその家族が帰国しただけで、それ以外はなお真相が不明である。北朝鮮は誠意ある回答を示していない。安倍政権がこの問題の解決を重要な政治・外交案件と位置づけているのは当然である。

 しかし、外交はすべてギブ・アンド・テイクである。北朝鮮に対する「関与」はすべからく「対話」と「圧力」である。それも硬軟両様、緩急自在で臨む必要がある。

 朝鮮半島の非核化を実現し、北東アジアの平和・軍縮の枠組みをつくることは、日本と朝鮮半島の共存にとどまらず、日米同盟と日中関係の性格にも大きな影響を及ぼす。それは21世紀の日本の長期的な「戦争と平和」の課題である。その意味で、核問題は人権・人道問題としてとらえるべき拉致問題とは異なる分野に属するテーマであることを認識しておく必要がある。日本は「北朝鮮の核放棄」を最後の最後まで他国とともに追求する以外、有効な選択肢はない。北東アジア政策の上では、それを最高の政策優先順位に据えるべきである。

 一方、拉致問題は、6者の中の日朝2者協議にとどまらず、国連をはじめ国際社会においては人権・人道問題として扱い、北朝鮮に圧力をかけていくのがよい。

 相手は北朝鮮である。しかも、事実上の核保有国である。通常の「対話」で動くような相手ではない。

 だから、拉致問題での「進展」を北朝鮮に対するエネルギー支援の条件とし、北朝鮮への圧力を強めたいとの考えもわからないではない。ただ、6者協議の場で、日本と北朝鮮以外の4カ国との“距離”が際立てば、北朝鮮に対する圧力も交渉力も弱まるおそれが強い。

 仮にもし、6者協議が失敗した場合(その可能性はある)、日本が拉致問題に頑なに固執したからそうなったと責任転嫁されるおそれがある。要するに日本は、自らの核選択の口実にするため内心は北朝鮮の核保有を望んでいるのではないかと、痛くもない腹を探られるおそれもある。

 ところで、ワシントンの知日派たちの「違和感」は、日本の外交課題が、拉致問題と慰安婦問題に収斂しているように映っている点にあっただろう。

 実際、日本外交は深刻なジレンマを抱えている。

▼日本の慰安婦問題での態度が、日本の拉致問題に対する立場を弱めつつある。

▼日本の拉致問題に対する政策──それは運動に近い──が、日本の朝鮮半島核問題に対する戦略を動揺させている。

▼日本が朝鮮半島といつまでも正常化、和解できないことが、日本の北東アジア外交の足場を脆くしている。

▼日本の北東アジアとの不正常な関係が、世界における日本の評判と日本に対する敬意を損ない始めている。

 北朝鮮との「正常化」を目指した小泉外交が「拉致」と「靖国神社参拝」によって足元をすくわれた時、そのジレンマはすでに明らかだった。小泉首相自身は、それらは「内政」にかかわることであり、外交とは切り離して処理できると思っていたかもしれない。ただ、内政と外交をそのように切り分けることはできない。

 小泉首相の靖国神社参拝によって、中韓両国から拒絶された日本は、米国一辺倒へと向かった。心情的には米国からの自立を込めた日朝正常化にしてからが、最後は、ただひたすら米朝対話を陳情する米国頼みの外交に終わった。

 そこには、軍事防衛上の国際主義(同盟)と文化防衛上の一国主義(アイデンティティー)が混在していたのだろう。その状態はいまも変わらない。それが日本の北東アジアでの地域協力への全幅の参画を阻む背景となっている。

 そして、その混在をいつまでも整理しないこと、つまりは日本が戦略的決断をためらっていることがおそらく、「日本孤立」の内なる構造であるのかもしれない。


注1 従軍慰安婦問題で軍の関与と強制性を認めた93年の河野洋平官房長官談話に対し、中山成彬元文科相ら自民党議員が見直しを提言した。

注2 2月13日、北朝鮮が重油などの支援を条件に国際原子力機関の査察官受け入れに同意、6者協議は合意文書を採択した。