船橋洋一の世界ブリーフィング

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No.830 [ 週刊朝日2007年4月6日号 ]

「危機の20年」を乗り切るには、
安定力、現実主義、我慢強さ、そして…

 ワシントンのヘイ・アダムズホテルで中国の外交官のP氏と食事をともにした。

 この日のニューヨーク・タイムズ紙の1面に、先月、政権を去った、ジョン・ボルトン前米国連大使と並ぶ核不拡散ネオコンのロバート・ジョセフ前国務次官(軍備管理・国際安全保障担当)に関する記事が出ていた。バンコ・デルタ・アジアの資金浄化問題について米朝がこのほど合意したことには「犯罪国家の北朝鮮を長生きさせるのに手を貸している」と批判的だ。

 負け犬ネオコンの遠吠えか。

 P氏とひとしきりそんなネオコン凋落談議を交わしたところで、北朝鮮の核問題に移った。

 P氏は「中国は、米国と北朝鮮に裏切られたようなもんだ」。もううんざりという表情だ。

 バンコ・デルタ・アジアの口座に凍結されている北朝鮮の資金解除を米朝間で合意したのはいいが、そのツケが中国に回されていると感じているらしい。北朝鮮が振込先に指定した中国銀行も受け取り拒否の姿勢だ。

 中国は6者協議の主催国だが、北朝鮮にはほとほと手を焼いている。

 2005年2月の春節中、北朝鮮が突如、6者協議無期限不参加と核保有を宣言。中国は泡を食った。

 2006年7月、北朝鮮はミサイルを7発、発射。これも事前に中国への通知はなし。事後の説明もなし。

 同10月、核実験。中国への通知は、1時間前だった。中国もさすがに怒り心頭に発し、「悍然」(ハンラン)という言葉を使って、北朝鮮を非難した。「人騒がせ」「身勝手」「迷惑千万」といった意味のキツイ言葉である。

 1996年の米国の台湾沖への空母派遣、米国のベオグラードの中国大使館爆撃、小泉首相の靖国神社参拝などを非難するときにもこの言葉が使われた。中国は国連安保理の北朝鮮に対する制裁決議にも賛成した。

 しかし、中国は、北朝鮮を追い込まないように細心の注意を払っており、制裁にもかかわらず、石油、食糧の対北朝鮮輸出は依然、続けている。

「北朝鮮相手だと、メンツがいくつあっても足りませんね」と水を向けると、P氏は、「おかげで、ますます厚顔になってしまう。失っても失っても減らないように皮膚を厚くしなければなりませんからね」と言って、笑った。

 中国が6者協議の主催国となってから今年の夏で4年になる。最初は半ば米朝の仲介役だったが、いまでは会長職をこなす。会社で言えば、会長職2期目を終えようという時期にさしかかっている。

 それに伴って、中国の存在感は高まってきた。

 ヒル国務次官補をはじめ6者協議参加国の代表は北京詣でをしなければならない。中国は蜘蛛の巣を張って、いながらに各国の情報もゲームプランもつかまえる。各国のメンツを立てながら、自分のメンツはもっとしっかり立てる。

 2005年9月の第4回協議で、北朝鮮の核放棄を定めた「共同声明」を作り上げたのは、中国外交の成果だった。いま、その実施計画をいよいよ動かそうというところだ。

 しかし、この間、北朝鮮は核実験を行った。核放棄を目指したはずの6者協議だが、逆に北朝鮮の核保有国化の既成事実に手を貸したのかもしれない。6者協議そのものが北朝鮮にそうした瀬戸際ゲームをやらせる安全弁を提供してしまったとも言えるからだ。どの国も6者協議を失敗させたくない、とりわけ中国はそうである。北朝鮮に関与,参画させ続けるため、各国は妥協、譲歩を強いられる。北朝鮮はそこにつけ込む。

 北朝鮮の核保有を防げなかったから6者協議は失敗、中国も敗戦投手として退場せよ、という見方もあるだろう。

 結局、6者協議は、北朝鮮の「核放棄」、なかでも「核兵器放棄」を実現できないかもしれない。

 そうなったときの6者協議と中国の機能・役割は徹底的に検証する必要がある。

 ただ、いまは核放棄に向けてのわずかな可能性でもあれば、それをとことん追求するときだ。

 むしろ、6者協議、そこでの中国の外交を通じて、何がこれからの時代に求められる外交理念であり、外交姿勢なのかを見極めることが大切だ。

 これからの時代。それは、中国の台頭と米国の衰退が同時に、すさまじいスピードで起こる可能性が強い。そのような逆転振動は、世界を不安定にする。その危険を感じているからこそ、中国は「平和台頭」という戦略概念を提示している。

 中国の台頭は、平和的に進んでおり、それは他国を侵略したり、資源を収奪したり、地域を支配したりする覇権的台頭ではない。つまり、既成秩序を破壊するわけではない。だから安心してください、というのだ。

 もっとも、中国潜水艦による日本の領海侵犯、ミサイルによる衛星破壊、アフリカの資源“囲い込み”などを見ると、果たして中国が平和台頭軌道を進むかどうかはまだわからない。現時点ではまだ世界の「安定力」(stabilizer)とは言えない。それに、中国は外より内の安定と均衡に深刻な矛盾を抱えている。

 おそらく、世界は今後、第1次世界大戦後のドイツの台頭と英仏の衰退による「危機の20年」のような国際政治の地殻変動を見るだろう。

 こういう時代には、世界の「安定力」をどう形作るか、が国際社会の最大の戦略的課題となる。

 グローバリゼーションによる世界の無秩序化、文明の衝突、地球温暖化・環境破壊が国民国家や国際関係を突き崩す危険が強い。それに、米国がテロとの「長い戦争」とイラク、アフガニスタン、イランとの「長い戦い」を続け、疲弊していくと、米国はこれまでの安定力を維持できなくなる。

 米国はその際、地域の同盟国や協力国を軸に地域安定機構をつくり、自らもその一員として参画しつつ、地域諸国主導による安定と秩序を図ろうとするだろう。6者協議は、そうした21世紀の新たな国際政治力学の萌芽を宿しているのかもしれない。

 ここでも求められているのは、安定と秩序である。そのためにも、北朝鮮の核放棄を実現しなければならない。大げさな価値観ではなく、自ら「安定力」として、多角的協調による「安定力」を作り出す現実主義外交が要る。

 6者協議の過程で、日米韓ともイデオロギー的外交に傾斜したきらいがある。日本は拉致問題、米国はネオコン世界観、韓国は南北兄弟民族主義が、時にそれぞれの国益と戦略を曇らせた。その中で、中国がもっとも現実主義的外交に徹したと言えるのではないか。

 あれほど何度もメンツをつぶされてもじっと耐え、執拗に北朝鮮を自分の吐き出した蜘蛛の糸にからめようとしている。この我慢強さ。それに、主催国だからということもあるが、冷や汗も含め、中国は誰よりも汗をたくさんかいた。

「安定力」、現実主義、我慢強さ、汗──「危機の20年」を乗り切るための生きる術である。