船橋洋一の世界ブリーフィング

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No.834 [ 週刊朝日2007年5月4日-11日号 ]

日本企業の中国駐在代表が口にした中国腐敗亡国論

 北京で、旧知の日本企業の中国駐在代表のS氏と久しぶりに会った。

「中国の腐敗はますますひどくなる一方です。とくに地方政府がひどい。何かにつけて賄賂を要求してくる。目に余る。中国政府に規律強化を申し入れてくださいと(日本)大使館にはお願いしているのですが……」

 日本企業の対中進出が北京、上海、広州などの沿海部から内陸、奥地に向かうにつれて、進出ビジネスに絡む党・政府幹部のたかりと腐敗に進出企業が汚染される危険が増えているという。

 中国は賃金は安いし工場の土地価格も安い。誘致には熱心だし、愛想もいい。しかし、その裏で、土地手当て、資材購入、雇用・人事、許認可、融資、徴税……そのたびに潤滑油が必要となる。目に見えないカネがかかる。

「中国は、根っこの部分から腐り始めています。まだまだ経済成長はするし、台頭もするのでしょうが、このままでは、中国は腐敗で滅びるのではないですか」

 彼は、1980年代初頭の党・政府幹部の改革・開放への真摯な取り組みを覚えている。それだけに、この腐敗の速度と深まりに愕然とさせられるのだという。

 中国の企業となると、もっと大変だ。

 赤字のときは党・政府からは見向きもされないが、少しでも儲かり始めると、さまざまな国有企業と“縁組”を強要される。晴れて“挙式”すれば、党幹部たちが“天下り”する。一族郎党を役員ポストに送り込み、うまい汁を吸い取る。

 2年ほど前、世界有数の家電メーカー、海爾(ハイアール)の張瑞敏・最高経営責任者(CEO)に青島の本社でインタビューしたが、その際、張氏は、上のほうからかかる種々の国有企業との“合作”圧力に抵抗し続けることがいかに大変であるかをしみじみと語ったものである。

 中国共産党の全党員の8%に当たる530万人の党員が国営企業の役員の地位についているという統計もある。

 もっとも腐敗している産業は、電力、たばこ、銀行、金融サービス、インフラといった独占企業だと言われる。これに中国人民解放軍を加えていいかもしれない。

 中国では、軍が広範にビジネスを営んでいる。例えば、カーナビなどはGPSを使い、地図を作製しなければならないから、軍事機密に属するということで、一般企業はこの分野には入れない。ここは軍の独占ビジネスである。こうした軍がらみのビジネスは腐敗の温床となりやすい。

 もっとも、北京で昼食をともにした日本の外交官は、S氏とはやや違う見方をした。

「胡錦濤・温家宝指導部は、党幹部の腐敗が重大問題であることは十分に認識しているし、それを公言してもいる。それに対して厳しい姿勢で臨もうとしている。腐敗で中国が滅びるということはない。中国共産党は驚くほど統治能力に優れているし、環境の変化に実に柔軟に対応してきた」

「(大使館から中国政府に腐敗取り締まりを申し入れてとの要請について)そのような声をよく聞くが、具体的に申し出てほしいというと、どこも名乗り出ない。これではこちらとしても対応のしようがない」

 中国経済が全球化(グローバリゼーション)するにつれ、腐敗も全球化し始めた。

 企業が党幹部に海外の一等地(例えば、ハワイ)の不動産を提供するといった新手も現れた。家族を海外に移住させてから収賄するというケースも増えている。

 かつては、党幹部の腐敗は“59歳現象”などと言われた。定年直前になり、あたふたと金儲けをしようと悪あがきをした揚げ句、お縄頂戴というケースが多かったためだが、最近は、収賄幹部の年齢がどんどん若くなっている。2002年の統計では、収賄容疑で逮捕されたものの20%、権力濫用で解任された幹部の30%が、35歳以下である。改革・開放に伴って立ち現れるさまざまなおいしい話に目移りがし、つい禁断の実に手を出してしまうのだろう。

 中国共産党中央委員会は、2005年1月、倫理教育、説明責任、市民監視の三本柱からなるガイドラインを発表した。

 ただ、これほど広範な腐敗を前に、経済、金融、社会、歴史、倫理などを含む本格的な調査研究が必要となった。党はいくつかの腐敗研究を進めているようである。私の中国の知人P氏もその一つの研究チームのメンバーである。

 同チームは各分野の専門家から成る。地方を実地調査し、この秋の第17回党大会に向けて、報告書をまとめているところだ。

そこでは「中国の腐敗は、一時的な現象ではなく、構造的、組織的な存在であるという認識」を踏まえ、次のようないくつかの抜本的な対策を打ち出すことになるだろうとP氏は言う。

▼腐敗犯罪に対する処罰と量刑を強化する(党員の腐敗のうち刑事事件として訴追されたのは3%未満にすぎない)。

▼党と企業の間に“防火壁”(ファイアー・ウォール)をつくる(党幹部の企業事業権限へのアクセスを制限する)。

▼脱税、税金逃れを防ぐ(とくに相続税の税率を高くする。それによって巨額の資産を子孫に残そうというインセンティブを減らす)。

 結局は、「官僚制の職業化、専門化、独立化を図り、所有権法制と企業法制を整備し、法治と司法の権限を確立する以外ない」(P氏)。なかでも難しいのは法治と司法権限の確立かもしれない。腐敗をめぐっても、すでに党規律検査委員会の“党規律”と検察庁の“国策捜査”が腐敗取り締まりの縄張り争いをしている。最後は、共産党が一党独裁を諦めることができるかどうか、に帰着する。

 中国の腐敗は、これまでのところ経済成長を妨げはしなかった。そこが、腐敗で経済が疲弊したフィリピンなどと違うと研究者は指摘してきた。

 その背景は、「関係」(グアンシー)という強固な人間社会ネットワークの存在であると言われる。「関係」は、初対面の人間同士が取引をする際、互いにたぐり寄せる防護用の網であり、保険でもある。それは社会信用であり、市場の代用物でもある。

 腐敗はその「関係」取引の必要コストという見方もできなくはない。

 しかし、腐敗は、一般の人々に、改革(さらには開放)とは、高価格、不平等、不安定をもたらすだけだという反感を植え付ける危険が強い。何が改革なのか、何が腐敗なのか。その違いは何なのか。人々を混乱させる。

 中国では、腐敗はまだ当分は経済成長の潤滑油であり続けるだろう。経済改革も最強既得権益層の「関係」を破壊しないほどには進むだろう。

 しかし、腐敗は政治改革を進める上ではマイナスである。それは所得格差を拡大し、不労金持ち階級をもたらすことで、疎外者たちの改革に対する憎悪と体制に対する破壊衝動を生み出す。彼らは改革のための利害相関者(ステークホールダー)ではなく、反動的かつ超民族主義的な造反者として立ち現れるおそれが強い。