船橋洋一の世界ブリーフィング

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No.835 [ 週刊朝日2007年5月18日号 ]

「集団的罪」という概念はない
韓国がバージニア工科大学虐殺事件から学んでいること

 米国で起こった“バージニア工科大学虐殺事件”が、韓国から海を渡った学生ではなく、日本からの学生だったら、日本人はどのように反応しただろうか。

 日本の大学で教えているオーストラリア人の大学教授と昼食をしながら、そんな疑問を彼女に投げかけてみた。

 彼女はそれには直接、答えず、「オーストラリア人だったら、バカなオーストラリア人がまたバカなことをしてこっちこそ迷惑だ、で終わってしまうところでしょうね」と言った。

「だって、どこにでも、どの国にもいるでしょう。頭のおかしいのは。国民の一人が外国でしでかした不始末に、国民全体がお詫びしなければならないとしたら、国民はずっとお詫びし続けなければならなくなる」

 ただ、日本人の場合、どうだろう。

 こんなケースもあった。

 1972年、テルアビブ国際空港で赤軍派ゲリラの日本人3人が突然、銃を乱射し、多数の死者を出した。佐藤栄作内閣はイスラエル政府に対して直ちに陳謝と遺憾の意を表明した。「対日イメージが極度に悪化することを憂慮したため」である。都倉栄二イスラエル大使は、国営イスラエルテレビに出演し、約5分間、目に涙を浮かべながら「日本国民の名において心からお詫びしたい」と語った。また、イスラエルに陳謝するため福永健司特派大使(自民党衆院議員)を特派し、ゴルダ・メイア首相に佐藤首相の親書を手渡した。

 一握りの日本人の非道行為を国民を代表する政府が謝罪したことについて「自分が直接、犯した罪でもないのに責任を取るというのはいかがなものか」との疑問も提起された。

 もっとも、このときの日本政府の対応と姿勢はイスラエル国民の心を癒やした。とくに都倉大使のテレビでの発言はイスラエル国民の心を打ったようだ。あるイスラエル人夫妻が「あなたの涙をみて涙を抑えることができなかった」との手紙をよこしたと当時の新聞に載っている(朝日新聞、1972年6月2日夕刊)。

 日本政府は、テロリスト集団である赤軍派に対する取り締まりという治安面の責任もあるから、これほどの衝撃を伴った事件に対して日本政府が責任を感じ、被害の対象となった人々や国に謝罪したことをまったくのお門違いとは私は思わない。ただ、日本人(過激分子)の行動が「対日イメージを極端に悪化させた」ケースはほかにもさまざまあるから、それらとの間の違い、つまり二重基準をどう考えるべきかという疑問は残る。

 今回のバージニア工科大学の虐殺に対して、盧武鉉大統領は繰り返し、お詫びの言葉を述べた。

 李泰植駐米韓国大使は、ワシントンの韓国系教会で涙ながらに同胞のキリスト教徒に訴えた。

「韓国系米国人社会は、懴悔(ざんげ)することが必要だ」

「韓国系がこの国で立派な少数民族であることを証明するため、32人の死者を追悼すべく、われわれが交代で32日間にわたって断食を行ってはどうか」

 出席者の多くが、むせび泣きながら祈りを捧げたという。

 韓国生まれのワシントン州上院議員、ポール・シム氏は、「朝鮮戦争のとき、米国がどれほど私たちを助けてくれたかを私は知っている。それだけに、心を抉(えぐ)られる思いだ」との謝罪の声明文を同僚議員とスタッフに配布した。

 しかし、こうした「集団的罪の意識」の吐露に関しては、韓国系米国人の中から自重を求める声が出始めている。

 韓国系米国人学生を支援する財団を率いるアドリアン・ホン所長は言う。

「(李泰植)大使は、立派な少数民族として受け入れられるため、韓国系米国人は懴悔しろと言うが、韓国の駐米大使は、韓国と米国における韓国国民の利益を守るのが仕事である。彼は米国に帰化した韓国系を代表してはいない」

「米国の韓国人に言いたい。心からのお悔やみを表すのはいい、癒やしのプロセスに手を貸すことになるからだ。それは続けなさい。ただ、謝罪するのはおよしなさい。チョ(・スンヒ容疑者)の行動はあなたの過ちではない」

 事件後、韓国人が恐れたのは、これによって米国の韓国系が仕返しをされるのではないかということだった。米国における韓国系留学生だけでも10万人と多い。

 しかし、現在までのところ、米国内でそのような暴力的報復は起こっていない。

 韓国ウオッチャーの英国人、マイケル・ブリーン氏は、このことは韓国人に自らを見つめ直すいい機会となっていると見る。

「事件後の米国人の反応は韓国人にはいい勉強になったのではないか。同じような状況に置かれたとき、自分たちより米国人ははるかに寛大であることを彼らは痛感したと思う」

 韓国では、2002年6月、2人の女子中学生が米軍の装甲車にひき殺されたのをきっかけに反米感情が爆発した。今回、米国ではそれに似た反韓国感情は起こっていない。

 下手人が9・11テロのときのようにイスラム系だったら、違う反応が起こった可能性はある。中国系の場合はもっと複雑かもしれない。将来、何かのときに米国で韓国系がつらい思いをすることはあるかもしれない。しかし、それが韓国と韓国人に対する「恨」(注)の再生産という形を取ることはないだろう。

 韓国内には、今回の事件とその後の米国の反応に照らしてみて、自省の声も聞かれる。自らも他も個人のアイデンティティーではなく民族のアイデンティティーでくくってその観点からとらえようとする傾向への反省である。

 それはさらに、韓国の対日観への自省にも及びつつある。

 韓国最大の日刊紙、朝鮮日報は次のように社説に書いている。

「皮肉なことに、この集団的罪の意識は、実際のところ、韓国が日本の植民地支配の過去に関して当てはめようとしてきたものそのものなのである。これは、人々と歴史を個々人の行動ではなく全民族というきわめて単純な性格づけに基づいて判断することを許す民族主義的な道具である。いまや、この判断の方法は、われわれにブーメランとしてはね返ってきたというわけだ」

「悪いことには、日本の全国民が日本の過去に責任を持っているという論理は、日本の右翼の思うつぼにはまってしまっている」

「この1週間、われわれの集団的罪の意識は極端な水準まで達した。それは、永遠の犠牲者意識の神話が崩壊したことを思い知らされたときの韓国社会のパニックの結果にほかならない」

(http://english.chosun.com/w21data/html/news/200704/200704240010.html)


注 恨(ハン) 単なる恨みではなく、悲しみ、苦しみ、むなしさなどを含む独特の複合的な概念。