それまで貴族のものとされていた絵画が、中産階級の手にもわたるようになった18世紀イギリス。のちに「イギリス絵画の父」と呼ばれるウィリアム・ホガース(1697−1764)は、当時の貴族階級や政治家を諷刺し、中産階級の道徳観を訴える絵画や版画を数多く制作した。その作品には、憧れを抱いて大都会に出てきたものの娼婦に身を落とした末に命まで落とす哀れな女の姿(《娼婦一代記》)や、殺人を犯した粗暴な男が公開処刑され内臓をひきずり出されるという無残な末路を迎える生涯(《残酷の四段階》)のほか、中世以来のイギリスで残酷な見世物や賭博行為として人気のあった「闘鶏」の様子が描かれている。闘鶏と並び人気のあったものに「熊いじめ」があるが、本書によると「熊を鎖につなぎ、鎖の一方の端を丈夫な杭に結びつけて熊の動きを制限した後、これに次々とどう猛な犬をけしかけて、残酷な闘いを楽しむもの」である。この際、どの犬がもっとも勇敢に戦うかで、賭博が成立していたという。このとき使われる犬種はマスティフやブルテリアが一般的だったが、「どう猛な犬を次々にけしかけるとはいえ熊の凶暴さは並大抵のものではない。そこで主催する側は、あらかじめ熊の目をつぶしておき、戦闘能力を削いでおくという残酷な処置をすることもあった」というから、何とも残酷きわまる遊びだったことがわかる。さらにホガースの絵として有名な《ジン横町》には、ジン中毒に犯された人間たちの地獄絵図が展開している。場面のモデルはロンドンのスラム街として悪名高かったセント・ジャイルズ教区で、現在では人気スポットであるウェスト・エンドにあり、オクスフォード・ストリートやトットナム・コート・ロードなどの繁華街近くにある場所というから驚きだ。このようにホガースの作品からは、現在では想像もつかない18世紀イギリスの社会風俗が鮮やかによみがえってくるのである。図版多数。