「閩」は古代からの福建省の地域名である。司馬さんは、上海から飛行機で福建省の福州に入った。福州では、福建省博物館で「独木舟」の木棺を見て、「越」の国の古代に思いを馳せた。さらに、渡し舟で川を渡り、焼き畑民族のショー族が住む福湖村を訪れ、思いがけず「歌垣」の歌を聞いた。随行者の張和平氏のふるさとであり、天目茶碗のふるさとでもある徳化という町を経由して泉州へ。泉州ではイスラム寺院の清浄寺や仏教寺院の開元寺、出土した宋代の船を展示している海外交通史博物館などを訪ね、泉州を舞台に繰り広げられた東西文明の交流について考える。最後に訪れた厦門では、鄭芝竜(龍)・鄭成功父子を思う。そして、一時期、厦門に身を潜めていた魯迅を思いつつ、厦門をたった。