文庫化決定!

2024年12月6日(金)発売予定

伊坂幸太郎『ペッパーズ・ゴースト』好評発売中!

ニュース

本について

中学の国語教師・檀は、猫を愛する奇妙な二人組「ネコジゴハンター」が暴れる小説原稿を、生徒から渡される。さらに檀先生は他人の未来が少し観える不思議な力を持つことから、サークルと呼ばれるグループに関わり始め……。
最新刊『逆ソクラテス』より1年半ぶり、最新長編『クジラアタマの王様』より2年3ヶ月ぶりとなる、著者最新刊。作家生活20周年超の集大成となるような、一大エンターテインメント長編です。この伊坂作品を待っていた!
  • ペッパーズ・ゴースト伊坂幸太郎

    <単行本版>
    ISBN:9784022517920
    定価:1870円(税込)
    発売日:2021年10月1日(金)発売
    四六判上製 392ページ

    <文庫版>
    ISBN:9784022651785
    定価:946円(税込)
    発売日:2024年12月6日(金)
    A6判並製 424ページ(仮)

伊坂幸太郎(いさか・こうたろう)
1971年千葉県生まれ。東北大学法学部卒業。2000年『オーデュボンの祈り』で新潮ミステリー倶楽部賞を受賞しデビュー。04年『アヒルと鴨のコインロッカー』で吉川英治文学新人賞、08年『ゴールデンスランバー』で本屋大賞と山本周五郎賞、『逆ソクラテス』で柴田錬三郎賞を受賞。著作は数多く映像化もされている。他の著書に、『重力ピエロ』『ガソリン生活』『フーガはユーガ』『シーソーモンスター』『クジラアタマの王様』など多数。

人物紹介

  • 檀千郷(だんちさと)
    中学校の国語教師。
  • 布藤鞠子(ふとうまりこ)
    檀先生の受け持ち生徒。
    小説を執筆中。
  • 里見大地
    檀先生の受け持ち生徒。
    父、祖母と三人暮らし。
  • 里見八賢(はっけん)
    大地の父親。公務員。
  •  
    マイク育馬
    テレビ番組司会者。
もっと見る
  • ロシアンブル
    ネコジゴハンターの一人。悲観的な性格。
  • アメショー
    ネコジゴハンターの一人。楽観的な性格。
  • サークルのメンバー
  • 成海彪子(なるみひょうこ)
    二十代女性。カンフー映画を好む。
  • 庭野
    三十代男性。庭師。
    サークルのまとめ役。
  • 野口勇人
    二十代男性。
    姉が庭野と婚約していた。

『ペッパーズ・ゴースト』公式著者インタビュー

聞き手・構成/瀧井朝世
得意パターン全部乗せで(笑)、
前向きな気持ちで読み終えられる娯楽小説になりました

――新作『ペッパーズ・ゴースト』、楽しく拝読しました。これは書き下ろしなんですね。

伊坂幸太郎さん(以下伊坂) 何年か前から少しずつ編集者さんと打ち合わせを始めていたんですが、話していたのは、野球選手とアイドルが極秘に交際していたのに人身事故を起こしちゃってどうしようという話と、『メン・イン・ブラック』みたいに宇宙人を捜す二人組の話が関連して、その二人組の一人は楽観的、もう一人は悲観的な人物にする、小さなどんでん返しが毎章あるような話にする、ということだったんですよね。

――出来上がったものとぜんぜん違うじゃないですか(笑)。変な二人組は出てきますが野球選手は端役だし、アイドルも宇宙人も出てこない。

伊坂 そうなんですよ(笑)。全然うまくいかなかったんです。デビューして20年経ちましたし、「あとはもう、好き勝手にハチャメチャなものを書くぞ」と意気込んでいたんですが、実際やろうとすると、ハチャメチャなものって書けないんだな、と分かりました。読者のことを度外視して、好き勝手には書けないと言いますか、「ああ、これは読者が困っちゃうだろうな」と悩んじゃうことも多くて。
 とにかく3ヵ月くらい、ああでもないこうでもない、と何度も書き直して、行き詰まって編集者に相談したら、「何か得意のパターンを加えたらどうか」という話になって。それで、僕の得意パターンといえば変な超能力かな、と安易に考えまして(笑)。
 僕の本を読んでくれている人なら分かると思うんですが、今回は、得意パターン全部乗せなんですよね。自分の家の冷蔵庫にあるものを全部使いました、という感じで(笑)。

――構成がとってもユニークです。ちょっと変な能力を持つ国語教師・檀先生の話と、彼の生徒が書いている、奇妙な二人組が出てくる作中作が同時進行していきますね。それがまあ意外な展開になるという。

伊坂 作中作は前からやりたかったんです。これまでにも『フィッシュストーリー』や『モダンタイムス』で、それっぽいことはやったんですが、書くのが難しくて。何が難しいかというと、書いていて楽しくないんですよ(笑)。その部分は自分の文体で書けないし、どんなに魅力的な人を出しても「しょせん作中作でしょ」と思われるような気がして、もどかしい。どうやったら自分でも楽しい作中作が書けるかなあ、とずっと考えていて、結局、今回みたいな小説になったんです。
 最近、作中作が出てくるミステリーって多いらしいんですよ。確かに今年僕が読んだものでも何作かありましたし、そういう見えない流れみたいなものがあるんですかね。小説ではないものの、去年、執筆中に観た海外ドラマでも、僕の趣向と似たような要素があって、同じことをみんな考えるんだなと思いました。

登場人物たちの人物造形

――檀先生の超能力についてはどのように考えたのですか。他人の飛沫を浴びて“感染”すると、その人の翌日の未来が少しだけ見える、という能力です。

伊坂 執筆に行き詰まって編集者と相談した時に、確か、コロナウイルスが中国で流行していて日本では感染者が出ていなかったころだと思うんですけれど、「超能力というと、現実離れしているけれど、今は、感染をみんなが気にしているから、それを関係づけるとリアリティを感じてくれるかもしれない」という話になったんですよね。現実では、「感染」は恐ろしいけれど、僕の作り話の中ではもう少し別のものに使えないかなあ、とも思って。

――檀先生の亡くなった父親も同じ能力を持っていて、彼は数年前にその力について父から教わったという。

伊坂 ああ、それは、『アバウト・タイム~愛おしい時間について~』という映画、そのままです(笑)。あの映画は本当に素晴らしくて、大好きなんですよね。映画では主人公が二十歳になった時に、父親から代々受け継がれているタイムスリップ能力を教えてもらうんですが、超能力の話をやろうと決めた時には、「あれがやりたい」と思って(笑)。なので、お父さんから教えてもらう、という場面は書きたくて仕方がなかったです。
 国語教師にしたのは、ちょうど読んでいたユーディト・W・タシュラーの『国語教師』が面白くて、その、「国語教師」という響きがいいな、と思ったからなんですよね(笑)。いざ、そうしてみたら、意外と生徒との関わりが出てきて話が進めやすかったですし、教師視点から生徒との交流を描くのは新鮮でした。
 檀先生は、最初は、いつも僕が書くような、淡々とした性格の人物にしていたんですが、未来が見える能力があるならもっといろいろ葛藤があるんじゃないかと指摘されて。確かに他人の未来が分かっているのに助けられなかったら無力感にとらわれたりしますよね。それで檀先生にはカウンセリングに通ってもらうことにしました。

――檀先生は、たまたま一人の男子生徒の未来を察知し、事故を回避させたことから妙な出来事に巻き込まれていく。一方、別の女子生徒が書き進めているのが、変な二人組の物語です。猫を虐待する動画を見て楽しんでいた人たちの元に、ロシアンブルとアメショーと名乗る二人組が現れては復讐する話。

伊坂 さっき別のインタビューで記者さんに「猫のことを思うと辛い」と言われて、「確かに、そうだよな。何でそんなひどい話を書いてしまったのか」と思っちゃったんですが、ただ、僕も動物虐待が嫌だから、ああいう二人組を登場させたくなったんですよね。動物虐待のニュースとかを見ていても、法律的に裁くには限界がありそうじゃないですか。現実ではなかなかすっきりできないから、小説の中でなんとかしたかったんです。もともと復讐する人を書くのは好きなんですが、独特な復讐もののほうがおとぎ話感が出るとも思いましたし。こんなことがあってもいいんじゃないかなあ、という気持ちで。

――ロシアンブル、通称シアンは悲観的な性格で、アメショーは楽観的。シアンは野球の試合結果から他国の化学兵器開発に至るまで、いろんなことを心配してますよね。

伊坂 僕自身が悲観的な性格なんですよね、心配性で。なので彼の心配事はほとんど、僕の心配事です(笑)。僕、海外のニュースを見て、「食糧不足になる!」と思って非常食とか注文したりしますからね。だから今、仕事場にはアルファ米がめちゃめちゃあって、「どうしてこんなに買っちゃったんだろ」と苦笑いしながら、お昼に食べているという(笑)。だからシアンに関しては僕が心配していることを書けばいいだけでした。
 彼は緑内障で脂肪肝のことも嘆いていますけれど、あれも実際に僕がそうなんですよね。僕自身が、視野検査の結果が少し悪かったり、脂肪肝がひどいと言われたりすると「もうおしまいだー」ってなっちゃう。あ、緑内障自体はとりあえず、点眼薬を毎日さしていれば大丈夫らしいので、そこは心配していただく必要はないのですが、とにかく、そういう心配事をそのまま書いて、アメショーに「そんなこと気にしてもしょうがないですよ」と言ってもらえると僕自身も慰められるので、それで書き進められた気がします。

――シアンとアメショーは、自分たちは小説の中の登場人物だと自覚していますよね。自分たちは文章で書かれたものにすぎない、などと話す部分が面白くて。

伊坂 ああいうところを面白がってくれるのは、ありがたいです。もともと、メタフィクションっぽいことをやりたかったんですよね。小説だから味わえる部分があると思いますし、本当は全編あれをやりたいくらい。ただ、当初、考えていたよりは、メタフィクション的要素はかなり薄味になりました。理由のひとつは、執筆前に読んだ筒井康隆さんの『朝のガスパール』がメタフィクション物としてはあまりに理想的で、その方向では無理だな、と思ったこと。もう一つは、僕の本を読んでくれる読者の中には、そういった実験的なものよりも、ストーリー展開、読み物としての小説を楽しみたい人も多い気がしているので、その人たちに申し訳ないな、と思ったからですね。どうにか自分の中で、バランスを取って、今の形になりました。

――全編ああいう小説もぜひ読みたいです(笑)。ところで本作では、過去にテロ事件が二件起きた、ということも重要な要素になっていますね。

伊坂 テロについては昔から書きたい話があって、今回、満を持して使いました。それを読者に臨場感をもって体感してもらうために、途中でまったく別の人物の視点も入れました。この手法も『SOSの猿』で使っているので、そういう意味では、本当に今回は全部乗せなんですよね。

「人生をどうとらえるか」という話に

――作中、何度もニーチェに言及されているのも印象的です。

伊坂 ニーチェの「永遠回帰」については、学生時代に読んだ時は、もっと暗い、悲観的なイメージだったですよね。「ニヒリズム」という言葉のせいか、同じことが永遠に繰り返す人生なんて絶望的だなあ、という印象で。
 でも最近になって、息子に説明するためにちゃんと調べようと思って、大学生の時ぶりに読み返したら、相変わらず面白いけど訳が分からない。それで入門書やガイド本にも目を通したら、思った以上に前向きな印象に変わったんですよ。前向きとはいっても、絶望的な中での希望、と言いますか、「もうどうにもならない。だけどね」みたいな感覚で、それは僕が今まで書いてきた、悲観的な中で楽観を探すような小説と似ているような気がして、それで執筆中のこの小説にも反映させたいなと思ったんです。
 でもニーチェって、いろんなところでよく言及される名前じゃないですか。『ホワイトラビット』の時に『レ・ミゼラブル』を出したのはそれほど抵抗がなかったんですが、ニーチェは名前を出すこと自体が照れくさい、というか。ニーチェさんに怒られそうですが、俗に言う「中二病」感が強いような(笑)。知っている人は「みんなが知っていることを、どうして今ごろ自慢げに語っているんだ」と思うだろうし、でも読者の中にはニーチェについて詳しいことを知らない人もいるだろうし。もうニーチェって名前を出さずにいこうかと思ったけれど、それも意味ありげで嫌だな、と。悩んだ末に、とりあえず、今の形に。

――人生で同じことが繰り返されることに対して、こういう考え方もあるのだな、と思える内容でした。

伊坂 そうですね。まさに、「こういう考え方もあるんだな」と僕も思いました。つらい人生を、「それを肯定しろ」と言われたって、やっぱり受け入れられないと思うんですけど、ただ、言いたいことも分かるというか。天国も地獄もないとしたら、と消去法で考えた結果、「それならば」とニーチェは考えたのかな、とかいろいろ僕も想像してしまいました。

――全体を通じて、「人生をどうとらえるか」という話になっていると感じました。伊坂さんは基本的に作品にメッセージをこめようとは意識されないそうですが、すごく肯定的な気持ちになれました。

伊坂 今回は珍しく、あまり切なかったり、悲しかったりしない作品になった気がします。短編を書く時は読者を意識しますが、書き下ろしの時は自分の好きなように書くので、あまりすっきりしない、読者からするとモヤモヤするような小説になりがちなんですよね。だからなのか短編集のほうが人気があるような(笑)。だけど、書きたいのはやっぱり書き下ろし長編なんですよね。
 『クジラアタマの王様』も、事件はたくさん起きますが、前向きな読後感を持つ長編になっていて、あれはコミックパートもあったことでそういったストーリーにしたくなったのですが、今回は普通の小説の形式でありつつ、あまり嫌な気持ちにならずに(笑)、読み終えられる娯楽小説になったかと思います。たぶん。あ、猫のことが気になる人もいるかもしれませんが…。

――今回は『アヒルと鴨のコインロッカー』の時みたいに、巻末に「No animal was harmed in the making of this novel.」って載せなかったのですか。

伊坂 ああっ、それを書けばよかった!(笑)。

試し読み

note 『ペッパーズ・ゴースト』試し読みできます
予告を動画ではなくマンガで見る方はこちら 画・川口澄子

かわぐち・すみこ●画工。1973年兵庫県生まれ。筑波大学芸術専門学群版画領域卒業。著書に『お茶のすすめ お気楽「茶道」ガイド』などがある。挿絵は山本勉『完本仏像のひみつ』など多数。伊坂幸太郎作品では『クジラアタマの王様』のコミックパート、『ガソリン生活』の限定版スペシャル帯を担当。水登舎 http://suito-sha.com/