司馬遼太郎 街道をゆく 公式ページ

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愛蘭土紀行Ⅰ

地図

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旅のルート旅のルート

【旅の時期】 1987年3月23日~4月15日

司馬さんはアイルランドへわたる前にロンドンに立ち寄った。その理由は<英国という光を多少感じてから、影であるアイルランドに入りたい>ということからだった。夏目漱石が抱いたであろう<明治の悲しみ>について考察したり、シャーロック・ホームズを思い浮かべてチャリング・クロス駅付近を散歩したりしながら、<親しみやすくて気分がいい>ロンドンの街を楽しむ。その後、全市民の約4割がアイリッシュというリヴァプールに向かい、ビートルズのなかにあるアイルランドについて考える。また、英国国教会とカトリックの大聖堂を訪ね、<八百年におよぶ軽侮(イギリス側)と罵倒(アイルランド側)の関係>に思いを致す。3月31日、空路ダブリンに入った一行は、市内の聖パトリック大聖堂で、首席司祭を務めたジョナサン・スウィフトに思いを馳せ、郊外の「ジョイスの砲台」で、ジェイムズ・ジョイスの文学について考察する。


ダブリン


リバプール

チャリング・クロス駅
ロンドンから南・南東へ向かう列車の発着駅。司馬さんはしばしば周辺を散歩したという。
夏目漱石が住んだ下宿
漱石がロンドンで5番目に住んだ部屋。倫敦漱石記念館の真向かいにある。
倫敦漱石記念館
1984年開館。夏目漱石のロンドン留学当時の資料、写真、新聞などが展示されている。
ウォルドーフ・ホテル
ロンドンでの司馬さんの滞在先。1905年の創業。司馬さんは「"鯨の村"ホテル」と親しみをこめて呼んでいる。
マシュー・ストリート
ビートルズがライブをしていたクラブや、たむろしていたパブがあった。
アルバート・ドック
マージー川沿いの港湾地区は再開発され、博物館やアート・ギャラリー、レストランなどが立ち並ぶ。
マージーサイド海洋博物館
港町で移民の町、リヴァプールの歴史を紹介。この町で造られた多数の大型船の模型や奴隷貿易のジオラマなどが展示されている。
メトロポリタン大聖堂
1967年に5年の工事で完成したカトリックの大聖堂。
リヴァプール大聖堂
英国国教会の大聖堂。着工から74年をかけ、1978年に完成。
聖パトリック大聖堂
イギリス国教会のアイルランド最大の教会建築。18世紀にはスウィフトが首席司祭を務めた。
ジョイス・タワー(ジョイスの砲台)
19世紀初めに英国軍が建設した。ジョイスがここに滞在したことから、現在はジョイス博物館になっている。
オコンネル像
ダブリンのメインストリートに立つ、19世紀前半の独立運動家ダニエル・オコンネルの像。

この巻に登場する人物この巻に登場する人物

この巻の目次この巻の目次

  • 【愛蘭土紀行Ⅰ】ケルト人/ギリシャ・ローマ文明の重さ/ケルトの妖精と幻視/〝鯨の村〟ホテル/明治の悲しみ/紳士と浮浪者/いまは昔/駅舎・空巣/リヴァプール到着/ビートルズの故郷/死んだ鍋/ヘンリー八世/ライアンの娘と大聖堂/郷に入っては/ベケット/オコンネル通り/スウィフトの寺/文学の街/ジョイスの砲台へ/神話と金銭/ウィスキーのEを飲む/ジョン・ライリー氏

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司馬遼太郎 街道をゆく | 第30巻 愛蘭土紀行Ⅰ

司馬遼太郎 街道をゆく 30

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