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バリアフリー  2005年7月1日号

講師陣の写真

会場からの質問に答える中邑教授ら講師陣。活発に質問の手が挙がる会場には、自立生活センターでITサポート活動を検討している車いすの職員など、自らが障害を持つITサポーターやその志願者の姿も見られた。
e-AT機器の写真

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会場に展示されたe-AT機器。こうした製品の情報は、不十分ながらもかなり流通するようになった。しかし、実物に触れる機会は少なく、かつ障害はさまざまで、自分に合っているかどうかの判断は難しい。確かな知識と経験を持ったサポーターが求められるゆえん。

文・写真 中和正彦

障害者ITサポート
プロ育成を目指す活動が民間の力でスタート

「これは見えますか?」
「これって何ですか?」
「スクリーンです」
「スクリーンがあるのは見えます。映っているものが見えますかという意味なら、見えません」
 晴眼の講師と弱視のゲストが、障害がある人へのサポートで起こりがちなコミュニケーションギャップの一例を演じて見せた。特定非営利活動法人・e-AT利用促進協会とマイクロソフトが4月に共同で開催した、「障害者のためのITサポート基本セミナー」のひとコマである。
 e-ATとは、電子情報技術を活用した障害者支援技術(アシスティブ・テクノロジー)のこと。今回のセミナーでは、まずウィンドウズに標準装備されている「ユーザー補助」の機能を中心に学んだ。各種の障害に対応したユーザー補助機能の利用は障害者ITサポートの基本だが、きちんと学ぶ機会がないため、せっかくの機能を知らずに「何かいいe-AT製品はないか」と探し回るサポーターも少なくない。そこで、あらためて基本を確認する意味で取り上げたという。
 しかしセミナー全体では、電子技術よりも、“人間同士の”コミュニケーション技術についてのメニューが多かった。冒頭の例のほか、何にでもイエスと受けとれる返事をする知的障害者、問いかけをおうむ返しにする自閉症の人など、講師たちはさまざまな例を取り上げて、本人の本当の意思を引き出す難しさや、安易に考えたときの落とし穴を指摘した。
 参加者が2人一組で行う、「全身が麻痺して、体の一部のほんの小さな動きでしか意思表示できない」という設定の人から何を食べたいかを聞き出すというロールプレーでは、全員が悪戦苦闘。IT関係の仕事をするかたわら、地域でパソコンボランティアをしているという男性は、「パソコン関係のことは何とか自分で調べられますけど、こういうことを学べる場はなかなかない」と語っていた。

国による人材育成は頓挫
民間の協力でようやく実現

 「ITサポーターには、単に技術的なことを教えるだけでなく、障害を理解して、本当にその人の生活に役立つ道具になるようコーディネートする役割も求められると思います」と、講師陣を代表して語ったのは中邑賢龍・東京大学先端科学技術研究センター特任教授。
 そうした人材の育成は、実は中邑教授やe-AT利用促進協会副理事長の山田栄子さんらが、5年以上前から国に強く働きかけていたものだった。しかし結局それはかなわず、今回、マイクロソフトが世界的に展開する社会貢献活動「UP(限りない可能性)プログラム」との出合いで実現した。 「障害者のIT利用支援のためのUPプログラム」は、基本セミナー、上級セミナー、後方支援サービスの3つからなる。上級セミナーは、ある程度の経験を積んだサポーターがさらに高度なスキルを身につけるためのもので、基本セミナーとともに今後各地で開催していく予定。後方支援サービスは、各地に点在しているサポーターをオンラインで情報支援していく活動だ。
 今回の基本セミナーには、パソコンボランティア、作業療法士などリハビリの専門家、障害者支援施設の職員など、さまざまな立場から約100人が集まった。山田さんは「IT支援は単独では成り立ちません。それぞれのケースで必要な人材が連携しながらやっていけるようなマネジメントを考えたい」と語る。
 中邑教授は、「障害のある人が長期にわたって安定的なサポートを得られるような社会システムを作るためには、そのサポートが専門的な職業として成り立つ状況を作っていかなければなりません。このセミナーを受けてそういう道を志す人たちの働く場を、どう作っていくかということも考えていきます」と語る。
 これまでボランティアに過大な期待が寄せられる感のあった障害者ITサポートに、ようやくプロ登場の道がひらけようとしている。