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バリアフリー  2005年12月15日号

テレビ電話の写真

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ユーザーの不安を解消できればと、健聴者との通話中も手話し続けるというオペレーターの遠山至さん。テレビ電話の相手はユーザーの佐藤かおりさん(宮城県在住)。「顔が見えて安心だし、用事がすぐに済むので助かる」と、美容院の予約や宅配便の再配達依頼など、サービス利用は月に約10回。
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「個性豊かなメンバーがそろった」と三浦宏之社長(左端)自慢のオペレーター陣。「ボランティア中心だった手話通訳だが、特殊技能として外国語通訳と同程度まで職業価値も上げていきたい」と社長は意気込む。
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個人情報の保護や守秘義務に配慮して、サポートブースは全室個室で、部外者は立ち入り禁止。ユーザーの通信環境や端末に応じて幅広い対応ができるように、各ブースには多彩な機器を備える。

文・写真 星野恭子

テレビ電話で手話を通訳
「聴覚障害者に心を届けます」

 「聾者は耳の代わりに目でコミュニケーションをとる。表情を見て話せることで、相手の気持ちまで感じられるようになり満足しています」
 病気で3歳から聴力を失った谷口忠さん(東京都在住・61歳)がそう評価するのは、テレビ電話を使った「代理電話サービス」だ。聴覚障害者の代わりにオペレーターが健聴者に電話をかけるもので、テレビ電話を介した手話や筆談のメッセージを手話のわからない健聴者に通訳して普通の音声電話で伝え、逆に健聴者の伝言を手話で返して両者間のコミュニケーションを補助する。即時的で円滑な意思伝達が売りだ。
 谷口さんのメーンの通信手段はファクス。だが、返答があるまでに時間がかかることも多く、金融機関などは「本人確認ができない」と使えないところも多い。やむを得ず隣人に電話を頼むこともあったが、プライバシーが気がかり。同サービスを契約してからは、「プライバシーの心配もなく、滞っていた手続きも全部解決した」と喜ぶ。
 サービスを提供するのはプラスヴォイス社(仙台市、http://www.plusvoice.jp/)。IT技術や通信技術を駆使し、聴覚障害者にコミュニケーションの可能性を広げようと1998年に創業。代理電話サービスは、県や総務省関連団体などの認定を受け、数年の研究・準備期間を経て、今夏から本格的に提供を開始した。
 こうした聴覚障害者向けの電話サービスは、欧米ではタイプライター付き電話による文字メッセージをオペレーターが中継する「電話リレーサービス」として普及している。
 一口に聴覚障害者といっても、手話を使わない聾者もいれば、聞こえないが話はできる老人性難聴者など、各自が普段使うコミュニケーション手段は多様だ。そのため、代理電話サービスではテレビ電話のほか、携帯メール、パソコンでのチャットからファクスまでを豊富にそろえ、サービスの利便性を高めている。

普及のカギは
「ニーズの掘り起こし」

 サービスは1回315円から、1カ月5250円の使い放題まで、全5コースを用意している。2005年10月時点での登録会員数は約100人。宮城県から沖縄県まで約20都府県に広がるが、採算ベースにはまだ遠く、行政の支援や企業の協力が欠かせないと明かす。
 最大の課題は「ニーズの掘り起こし」。聴覚障害者は電話を利用した経験がない人も多く、その即時的なやりとりの便利さを知らない。サービスを利用して初めて、「電話を使うとこんなに早くコトが済むなんて知らなかった」と喜ぶ人が多いという。  たとえば、同社社員でオペレーターの一人、丹野美香さんは両親が聾者のため、自宅に電話が入ったのは10歳ごろ。「出前」というサービスがあることも知らず、初めて利用したときは便利さに驚いたという。「出前はお店に出向いて注文し、家で待つものと思っていました」。
 三浦宏之社長は、「電話のない生活に慣れてしまっている聾者に、電話が便利な機器であり、生活に必要だと思ってもらえるようニーズを掘り起こし、根付かせることが最優先」と、講演会やPR活動に全国を飛び回る毎日だ。
 三浦社長の前職は司会業。ある日、担当した結婚式の新郎が聴覚障害者だった。式には手話通訳がついたものの、「プロの話術」をもってしても、言葉を伝えられない「人」がいることを実感し、「聴覚障害者も自由な情報のやりとりができないか」と考え始めたのが起業のきっかけだという。
 「手話通訳が離れていても、テレビ電話のおかげで『そばにいる感覚』を提供できる。もっと多くの聴覚障害者に心を届け、笑顔になってもらえるようにサービスを広めていきたいです」