ここから本文エリア

バリアフリー  2006年3月1日号

店長とアシスタントの写真
「こころ大賞」の授賞式は、e-ATに関する国内最大の情報交換の場「ATACカンファレンス」(毎年12月に京都で開催、http://www.e-at.org/atac/)で行われた。会場で表彰状を手にして喜ぶ島幸恵さん、母・さよ子さんと金森先生。
店長とアシスタントの写真

写真を拡大

金森先生が製作した障害児向けソフト「いないいないばぁ」のトップ画面。右と中央のキャラクターを島幸恵さんが、左のキャラクターを金子ゆかりさんが描いた。

文・写真 中和正彦

難病と闘う大学生と恩師が
「こころ大賞」奨励賞

 電子技術を活用した障害者支援技術(e-AT)によって夢を実現しようとする障害者とその支援者をたたえようという趣旨で、昨年「こころ大賞」(主催:e-AT利用促進協会)が創設された。
 第1回の大賞は、本誌が昨年8月15日/9月1日号で紹介した田中茜吏さん(7歳・全身の筋力が衰える難病で発話も困難)と松尾光晴さん(会話補助装置「レッツ・チャット」の開発者として茜吏さんを支援)が受賞したが、ほかに奨励賞3組と特別賞1組が選ばれた。
 その中に、200万人に1人という難病と闘う大学生がいた。「電動車いすと携帯電話とパソコンで挑戦し続ける」というタイトルで奨励賞を受賞した島幸恵さん(20)だ。
 幸恵さんは1歳のときに、筋肉などの細胞が骨のように固まって体が動かなくなっていく難病「進行性骨化性線維異形成症」を発症した。中学までは普通校に通ったが、卒業後は養護学校の高等部に進学。その在学中に歩行ができなくなり、右手も動かなくなった。だが、母親のさよ子さんはこう語る。
「病気は進行しましたが、むしろそれからの方が、できることをたくさん見つけて、いろいろなことに挑戦しました。人とのふれあいもあって、本当に成長しました」と振り返る。
 それを支えたのが、e-AT機器と、今回受賞の喜びを分かち合った東京都立光明養護学校の金森克浩先生をはじめとする支援者たちだ。

パソコンでのイラスト作成が縁で
就業体験や友達作りも

 同校でe-AT機器の利用支援を担当する金森先生は、中学時代にパソコンで絵を描くことに興味を持ったという幸恵さんに、彼女が絵を描くのに適したタブレット型の入力装置とグラフィックソフトを与えた。すると、幸恵さんは、個性あふれるコミカルなイラストを次々と描いていった。
 才能を感じた金森先生は、自身が作成にかかわる障害児用ソフトのキャラクターや本の挿絵を彼女に依頼した。
「普通の高校生のようにアルバイトができないので、そういう形で少しでも就業体験ができれば」という配慮だった。パソコンで絵を描くことに自己表現の道を見いだした幸恵さんは、それを本格的に学ぶために大学に進学した。
 パソコンと絵は、友達も作った。
 重度の障害のために自宅で訪問教育を受けていた1学年下の金子ゆかりさんは、学校で見た幸恵さんの楽しい絵に引かれ、先生を介して「メル友になってほしい」と頼んだ。2人はメール交換を始め、テレビ局の作品募集に2人してパソコンで絵を描いて応募するほどの仲になった。
 2人が会えるのは、ゆかりさんが月2回のスクーリングで学校に来る時ぐらい。「だから私たちにとってメールは本当に大切なものだったんです」と、幸恵さんはか弱い声に力を込めて語る。
 金森先生は、ゆかりさんの自宅と学校をテレビ電話で結んで、お互いが顔を見て話せるようにしたこともある。だが、幸恵さんの普段の遠隔コミュニケーション手段は圧倒的にメールだ。手先のキー操作はできるが、両腕ともひじを曲げることができなくなっているため、電話機を自分で耳に当てて話すことはできないのだ。
 バリアフリーが進んで電動車いすで行ける場所が増え、幸恵さんはいま外出の自由を広げている盛り。だが、それも、携帯電話のメール機能があればこそ、常に家族と連絡を取り合える環境があればこそだという。
 e-ATで自己表現とコミュニケーションと行動の自由を広げる島幸恵さん・20歳。筆者が「さぞや将来への夢も膨らんでいることだろう」と無邪気に想像して問うと、こう答えた。
「先のことはあまり考えません。来年どうなっているか、わからないじゃないですか。だから、いまできること、楽しめることを考えたいんです」
 e-ATは病気の進行を止めまではしない。そんな現実のなか、いま目の前で輝く可能性を実現する道具なのだ。