司馬遼太郎 街道をゆく 公式ページ

叡山の諸道

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【旅の時期】 1979年秋


坂本

司馬遼太郎は2回に分けて叡山を訪ねる。まず、叡山へのいくつかの登り口で麓の文化を探る。東麗の町・坂本では、近江穴太衆の高い技術が反映された石垣に着目。さらに最澄が登った道とされる本坂に近い日吉大社に詣で、叡山と日吉大社の歴史的つながりを考える。続いて円仁入唐に思いをはせて円仁ゆかりの赤山禅院を訪れる。また叡山西麓の坂・雲母坂付近にある曼殊院門跡を訪れ、公家文化が反映された建築を見る。その後、良源(元三大師)を思いつつ横川へ登った司馬さんは、高野山の賑わいと比較して叡山の静謐な魅力を思う。日を改めて叡山山上を訪れた司馬さんは、千日回峰行の本拠地・無動寺谷を訪れ、日本人の不動信仰や回峰行の祖・相応について考察。最後に天台宗の秘儀・法華大会を受講する知人の連れとして大講堂で儀式を拝観、叡山の真髄に触れる。

坂本
叡山東麓に位置する延暦寺の門前町。穴太積みの石垣に囲まれた里坊が密集するなかに、代々の天台座主の住居であった滋賀院門跡もある。
滋賀県大津市坂本
日吉大社
坂本に鎮座する日吉神社・日枝神社の総本宮。延暦寺創立以後はその守護社となるが、明治の神仏分離により独立。
滋賀県大津市坂本5-1-1
赤山禅院
最澄の弟子・円仁の遺命により仁和4年(888)、比叡山延暦寺の別院として創建された。本尊は中国の道教神・泰山府君(赤山明神)。京都の表鬼門にあたる。
京都府京都市左京区修学院開根坊町18
曼殊院門跡
洛北にある門跡寺院。延暦年間に最澄によって鎮護国家の道場として叡山に創建されたのが始まり。叡山西麓の京都側からの登り口である雲母坂付近に位置する。
京都府京都市左京区一乗寺竹ノ内町42
横川
東塔、西塔と並ぶ叡山の三塔のひとつで、円仁によって開かれた。横川中堂、良源(元三大師)の住居跡と伝えられる元三大師堂(四季講堂)などがある。
無動寺谷
相応が9世紀に開いた東塔の谷で、千日回峰行の本拠地。不動明王を本尊とする明王堂がある。
滋賀県大津市坂本本町
大講堂
法華大会など、叡山の大事な修行のひとつである「論議」がおこなわれる講堂で、東塔にある。
滋賀県大津市坂本本町

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この巻の目次この巻の目次

  • 【叡山の諸道】最澄/そば/石垣の町/わが立つ杣/日吉の神輿/円仁入唐/赤山明神/泰山府君/曼殊院門跡/数寄の系譜/水景の庭/ギヤマンの茶碗/横川へ/元三大師/タクワンの歴史/お不動さん/回峯行/木雞/大虐殺/探題/黒谷別所/鬱金色の世界/問答/法眼さん

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司馬遼太郎 街道をゆく | 第16巻 叡山の諸道

司馬遼太郎 街道をゆく 16

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