発掘トーク
第3弾
私「あたしンち」は、アニメより先に単行本で読んでいました。小学校2年生か3年生の時、表紙に惹かれて手にとって。すぐそのあとアニメも始まって、もう、ずーっと観てました。今でも本棚のすぐ目に入るところに全巻置いてあって。ほんとうに、私の血となり肉となってる作品です。
えー! ありがとうございます。だけど、これ21巻もあるから、場所とるでしょ。
全然! けら先生の『あたしンち』と、おのえりこ先生の『こっちむいて!みい子』が、私のバイブルなんです。おふたりが都立井草高校の同級生で、漫研だと知って、震えました。
大切に読んでいただいて、すごくうれしいです。松岡さんは、今年21歳?
はい。ちょうど1巻が出た年に生まれました。もう、表紙の色を見ただけで、何巻かわかります。最初の1コマを見れば、どんな話か、すぐに言えます。そのくらい繰り返し読んできたので。
すごい! 本物のファンだ! 松岡さんは、ちょうど小学生の時にアニメの『あたしンち』を観ていた世代なんですよね。まるでそこに集中豪雨でも降ったみたいに(笑)、今10代後半から20代くらいの人たちは、すごいファンでいてくれてるみたい。
わかります。(アニメの主題歌の)『来て来てあたしンち』と、流れただけでもう、みんな、泣いちゃうみたいな。
アニメは、金曜の7時台に放送されてたから、オープニング曲のキンモクセイの『さらば』とか、週末とか夕焼けの印象がダブって「小学生時代がなつかしい」って気分になるみたい。
確かにまわりを見ても、同世代の友達はみんな読んでるし、地元の同級生のお友達に「じつは、けら先生とお会いできることになったの。」って話したら、すごい勢いで「羨ましい!」と。私たちの世代は『あたしンち』世代だなって思います。
ある番組のロケでお邪魔したカフェでスタッフさんに手紙を渡されて。「誰からだろう?」と見たら、けら先生からのお手紙で「うわ~!」ってなって。
そこ、たまたま知り合いがやってるお店で「松岡茉優ちゃんがロケに来る!」って教えてくれて。前から、もし『あたしンち』が実写化することがあったら、みかんはこの人だー、って勝手に思ってたもんですから、もう、あわててラブレターをしたためました。
しかも似顔絵描いてくださったんですよね。服装はみかんで、顔は私。「茉優みかん」と書いてくださっていて! ほんとうに嬉しかったです。家宝です。
別の番組で「パンケーキアートで好きなキャラを描く」というコーナーがあって、松岡さんが『あたしンち』の母を描いてくださったのは見てたんですよ。
『あたしンち』のお母さんは書くの得意です!
この人『あたしンち』のことをちょっとは好いてくれているらしいぞ、と(笑)。こんなかわゆくてお茶目な人がみかんを演じてくれたら、ものすごくいいなあー!って思ってたんです。
みかんのことは自分でも「これは私だ!」なんて。ほかの生徒はみんな、避難訓練で校庭に集まってるのに、ひとりだけボーっとして教室に取り残されていたあの話。私も、中学生のころ、まったく同じことをやってしまいました。
ホントに?……あれ、私の実話です!
ええーっ! けら先生と私にまさかそんな共通点が。
天然ってことかな⁉(笑)
じゃあ、みかんが消しゴム食べちゃったっていう、あれも実話ですか。
実話です(笑)。いつも実話を書くわけじゃないけど、たぶん『あたしンち』の全部のエピソードに、何かしら、本当にあったことのエッセンスが入ってる。
じゃあ、お母さんの若いころのエピソードも実話ですか。青大将と遭遇して、お母さんが3メートル飛んだ話とかも?
母がそういうワケのわからないホラをふくっていうのが、実話なんです(笑)。
そうだったんだー!
そのまま描くと、私の母だから、だいぶ時代考証がおかしくなっちゃうんだけど。
『あたしンち』は、世代を超越した作品だと思います。子どものころ、ユズヒコやみかんをお兄ちゃんやお姉ちゃんを見る気持ちで「自分もいずれこうなるんだ」って思っていたのに、いつの間にか二人の歳を越してしまってびっくりです。
みんなそう思うみたい(笑)。
そうやって世代を超えて読み継がれていく、普遍的な世界をもっている作品だと思います。
私、みかんのことは、自分がみかんだったころのことをコツコツ掘り起こしながら、描いてるんです。
私も、みかんのことは、ぜんぜん他人とは思えないです。
茉優ちゃんのお母さんは「母」と違って美人なんだと思うけど……うちのリアル母はね、見た目もこんなフォルムなの。
本当ですか⁉️
ほんとほんと。見たら、きっと「なるほど~」って思いますよ(笑)。実物より、怪獣っぽく描いてるけど。
そうでしたか(笑)。私、みかんの学校まわりの話も大好きなのですが、中学生のころは、みかんっていうより、(クラスで一番かわいい)里奈ちゃんみたいな子のグループの四番手くらいにいたんです。
あー、やっぱり?(笑)じゃあ、けっこうイケてるグループですよね?
内面はみかんに大共感していたのですか、一度、イケてみたかったんですよね。でもいろいろ無理して合わせるから疲れたりもしていました。だから、大人になってみると、人に合わせないでいやなものはいや、面白くないものは面白くないって言える石田は超カッコいいなあって。
私、なんで松岡さんがみかんにピッタリって思ったのか、わかってきた。松岡さんて、女優さんとして、弱いところがある人を演じるのが上手い……って言ったら偉そうになっちゃうけど、ものすごく上手いですよね。
ありがとうございます。
それって、イケてる側の気持ちしか知らなかったら、たぶん、できないことかもしれない。
みかんにピッタリと思ってくださったこと、とても嬉しいです。
ひょっとして、演技でも、自分の「実感」って、大事じゃないですか?
確かに、どんな役であっても自分が演じるわけなので、実感は不可欠だと思います。
私は、人から聞いたりもらったりしたネタって、ほとんど描けたことがないんですよ。自分が経験して実感したことが、どこかに一点だけでも入ってないと、描けない。だから「実感」ってことをすごくだいじにしてるんです。
『あたしンち』の連載をこれからどうしようか悩んでたときに、プロの先輩から「やめるぐらいだったら、ブレーンを集めてネタ出ししてもらえばいい」って言われたんです。でも逆にそれで、私は「ネタ」を描いてきたんじゃないんだ、って気づいちゃった。
はい。
いわゆる「あるある」ネタとかじゃなくて、思い出や記憶をこつこつ掘り起こして得られたものを、「実感」として感じられるように描いてるんです。
どの話にも、けら先生が生きてきた、半径何メートルの空間の思い出や記憶が詰まってるんですね。
そう! 毎日生きてて、理由はわからないけど、ぐっとくることってあるじゃないですか。なんでこんなことで、あんなに笑ったんだろう?とか、なんでこんなにせつないんだろうか……すごいささいなことが、なぜか何年も心に残ってることがある。そういうなぜかぐっときた瞬間を描くことが「日常を描く」っていうことなのかなーって。
3巻に、みかんがすっごくお腹すいてるからって、チーズバーガーとか買いすぎちゃう話が、あるじゃないですか。私、あの話がすっごく好きで、あの話が入ってるから全21巻の中で3巻が一番好きっていうくらい大・大・大好きな話なんです。でもなんでこの話をこんなに好きなのか、自分でもよくわからないんです。
それ、すっごく嬉しい! あの話も、ネタじゃないんですよ。ただ、その人がその人らしいことをしただけ。私、人が「その人らしい」ことをやったり思ったりするのが、すごく好きなのね。
言われてみれば、いかにもみかんがやりそうなことですね(笑)。
この話を描いたころって、マンガをすごく考えてた時期だったんです。マンガをマンガとして成立させているものってなんだろう、面白いってどういうことだろう、とか、人ってなんで笑うの?とか。みかんのハンバーガーの話は、自分の感じてる「実感」とか「その人らしさ」っていう面白さを、オチも作らず、できるだけそのまま描いてみた話。だから、松岡さんはすごくいいところに目をつけてくださいました! いい読者! すばらしい!
やったー! 嬉しいな。けら先生にそんなふうに言ってもらって、ファン冥利に尽きます(笑)。
こちらこそ、ものすごく励まされました!! こんなにわかってもらえてるんだ!って。自分では『あたしンち』を「走馬灯マンガ」って呼んでるんですよ。人は死ぬ時、どんなことを思い出すだろうって。たぶん、ささいな、意味もわからないようなことが、いっぱい出てくるだろうなあ、と。そういうちっちゃいことの積み重ねを「ああ自分は生きてきたなあ!」「愛おしいなあ!」と思うんじゃないかって。
最終回でお母さん、飛ぶじゃないですか。私、あれ見て、すごい泣いちゃったんです。
本当ですか!?
もう現実じゃなくなっちゃったんだ『あたしンち』が……みかんもお母さんも、こんなに私たちの現実にいたのに、って。
ああ、伝わってる……うれしい。
もう『あたしンち』のお母さんは2次元に帰っちゃったんだって思って帰っちゃったんだ、って感じました。こういう解釈であっていますか?
ええ。描きたいことがなくなったわけじゃないし『あたしンち』の日常が終わるわけでもない。でも、ここでいったんピリオドを打つ。そのためのうまい方法が見つからなくて……ちょっと未来の話を描くっていうのも考えたんですけど。
あー、なるほど! でも……
それをやると本当に終わっちゃう!
終わっちゃう! ですよね!
だからもう、空でも飛ばすしかなかったの(笑)。
なるほどー(笑)。
続けていくことも出来たのかも知れないけど、30代でパワー全開で描いてたマンガなので、50歳近くなってクオリティを保とうとすると、週刊ペースで描けなくて。
連載18年ですよね。本当におつかれさまでした。
18年、自分ではマラソンじゃなくて、ずっと逆上がりの練習してたみたいなカンジなんですよ。
それ、ものすごく、たいへんじゃないですか!
毎回、今度こそってトライして、次はもっとぐっとくるものが描けるんじゃないの私、って。
あのー、ファンを代表して、ひとつだけ言わせてください。お母さんたちに、また会えますか?
……ドキッ!
だって、まだ読みたいです。
うーん……わからない。けど、もしやるとしたら、『あたしンち 外伝』みたいなかたちで出る可能性はあるかもです。
ホントですか! じゃあ、またお母さんに会えることを、ファンは望んでいていいんですね。
がんばります!
もう、そう聞けただけで嬉しい! 私にとって『あたしンち』は家族というか、身内だし、そう思ってる人たちがみんな『あたしンち』でつながってる。それこそ、私たちの世代は『あたしンち』世代ですから。みんな、お母さんの子ども!(笑)
わー、そんな恐れ多い(笑)。でも嬉しいです、とっても。
またお母さんに会えるの、私、ずっと待ってます!
(インタビュー構成:瀧晴巳 写真=冨永智子)
松岡茉優1995年生まれ、東京都出身。NHK連続テレビ小説「あまちゃん」(2013)などで注目を集める。 第42回日本アカデミー賞では『勝手にふるえてろ』で優秀主演女優賞、『万引き家族』で優秀助演女優賞を受賞。最近の主な出演作に、ドラマ「ギークス~警察署の変人たち~」、舞台「ワタシタチはモノガタリ」など。シス・カンパニー公演『やなぎにツバメは』が、2025年3月に東京・紀伊國屋ホール、4月に大阪の梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティで上演予定。