江戸時代中期、瀬戸内海に注ぐ日江川の河岸で、一人の武士の遺骸が見つかった。男は村塾の教師・梶与五郎。身分のへだてなく愛情を注ぐ梶は、教え子たちから厚く慕われていた。
ところが、死んだ途端に悪評がたった。少年時代、与五郎から薫陶を受けた若き藩士・筒井恭平は、その噂を信じることができない。かつて学業の劣る塾生だった恭平を、与五郎は諦めずに何度も諭してくれた。「桃栗三年、柿八年、柚子は九年で花が咲く」が与五郎の口癖。柚子のように遅咲きの恭平にとって、時をかけて人が育つのを温かく見守る与五郎は、年の離れた兄のような存在だったのだ。
恩師の汚名をそそぐため、恭平は与五郎が殺された隣藩へ決死の潜入を試みる。探るうちに、与五郎の噂の真実、共に学んだ仲間たちの想いが明らかになっていく……。
恩師が掴み取った人生の意義とは何だったのか、そして恭平自身が選びとった生き方とは――。魂を揺さぶる感動の長篇時代小説。