「幼さ」のあふれる現代の日本。漫画のキャラクターから生活小物に至るまで、目につくのは無害で安心感の漂う幼さ、弱さ、かわいさばかり。消費文化の中心は善良な弱者たる個人の欲望で、人々は「幼さ」を社会構造の中で強要されてきたと言える。成熟して「大人」になるというライフサイクルは揺らぎ、大人も老人も生涯を通じ「幼さ」を演ずる。しかし、そんな「幼さ」が自ら声を持って語るとき、独特の魔力をたたえた不思議な磁場が生まれることがある。本書では太宰治『人間失格』の弱さや村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』の依存性に注目しながら「幼さ」特有の心理、美学、思想を確認し、その潜在力をさぐる。谷川俊太郎、武田百合子、ルイス・キャロルに加え、成熟や老いと格闘した江藤淳、古井由吉も題材となる。気鋭の文芸評論家が精緻に幼さの語りの豊かな可能性を探る興味尽きぬエッセイ。