新書
歴史
歴史のダイヤグラム〈3号車〉
「あのとき」へのタイムトラベル
原 武史 著
ISBN:9784022953124
定価:990円(税込)
発売日:2025年4月11日
新書判並製  272ページ  新書0997 

昭和天皇、吉田茂、石橋湛山、
谷崎潤一郎、三島由紀夫、美空ひばり……
あの人と鉄道の意外な接点
時刻表から近現代史を読み直す

鉄道が運んでいるのは、人と荷物、
そして過去から未来への「歴史の瞬間」

昭和天皇の御召列車が抱えていた警備上の重大な弱点、
酩酊して乗り過ごした吉田茂が熱海で迎えた悲惨な朝、
石橋湛山の政治生命を短くした窮屈な寝台車、
若き日の美空ひばりが愛した夜行列車――。
朝日新聞土曜別刷り「be」の好評連載、待望の書籍化最新刊!

●目次より
第一章 時刻表から読み直す、あの事件
血盟団事件と常磐線
幻に終わった宇垣一成内閣
韓国で知った昭和の終わり
一冊の週刊誌が変えた運命
岡田嘉子、ソ連に亡命す
第二章 皇族も政治家も、みんな鉄道を使っていた
吉田茂、熱海まで乗り過ごす
昭和天皇、天城山に登る
佐藤栄作と峠の釜めし
3等寝台に乗った石橋主将
高松宮と近衛文麿の密談
第三章 作家が愛した路線
神風正一の声、どこでも
能登の廃線、清張の世界
「邪宗門」に描かれた神部駅
幸田文、運転台に乗る
美空ひばりと夜行列車
三島由紀夫の「牡丹」
第四章 あの日の駅弁、思い出の車輛
小淵沢、駅そばとの再会
傷痍軍人と授乳女性と
谷は「や」か「たに」か
線路は狭軌か国際標準軌か
修善寺駅の「あじ寿司」
第五章 旅情の記憶
旧生駒トンネルの光と影
新幹線で長崎が失ったもの
夕刻の鶴見線、車内は社内
「ただいま」は「まもなく」?
幕張駅と大学との別れ

●著者の言葉
 先日、東京駅から新幹線に乗る機会があった。ホームを見回してみると、列車の扉の前に並んでいる外国人の家族や夫婦などの姿がやたらと目についた。英語、中国語、韓国語など、さまざまな外国語があちこちから聞こえてくる。目を閉じてしまえば、一体どこの国にいるのかわからなくなるほどだった。
二〇二〇年代に入って世界を巻き込んだコロナ禍が収まるにつれ、インバウンドの波が再び日本にも及んできた。二〇二四年の年間訪日外客数は約三千六八七万人で、コロナ禍前の二〇一九年を約五〇〇万人も上回り、年間過去最高を更新した。この傾向は、これからも当面続くものと見られている。
外国人にとっての日本の魅力の一つは鉄道だろう。とりわけ日本で車を運転できない外国の観光客にとって、鉄道ほど頼りになる存在はあるまい。JR各線に乗れるジャパン・レール・パス。習慣化した定時運転。充実した鉄道網。弁当の豊富さ。空調が効いた清潔な車内。四季折々の車窓風景。日本人にとっては当たり前のものであっても、外国人にとっては他国にない魅力として映るものは少なくない。
車内で彼らは向かい合わせに座り、大きな声で話したり、車窓から富士山が見えるといっせいにスマホやカメラのシャッターを切ったりする。日本人のように座るとほぼ同時にブラインドを下げて居眠りを始めたり、ひたすらスマホの画面をのぞき込んだりしている客はあまりいない。オーバーツーリズムの弊害が叫ばれているのを気にする様子もなく、旅を満喫している空気がこちらにも伝わってくる。
こうした光景を見ていると、かつての日本人もそうだったのではないかという気がしてくる。首都圏や大阪圏には戦前からいまとほぼ変わらないダイヤが組まれていた区間もあったが、大多数の区間はいまよりも本数が少なかったし、所要時間も余計にかかった。多くの人々にとって、長距離列車に乗ることは非日常的な「ハレ」の行事にほかならなかった。スマホもパソコンもない時代、彼らは乗り合わせた客どうしで話をしたり、車窓に目を凝らしたり、窓を開けて駅弁を買ったりしていた。
日本では欧米に比べて鉄道の開業が遅れたものの、短期間のうちに整備されたせいか黄金時代が長く、明治後期から戦後の一九六〇年代までずっと陸上交通の主役であり続けた。確かに鉄道の廃止が進む地方もあるとはいえ、明治から令和まで、列車に乗ることほど地位や年齢、性別、居住地の違いを超えて日本人全体の共通体験となってきたものはあるまい。その恩恵を外国人もまた享受しているのである。
鉄道はどこかからどこかへ移動するための単なる手段にとどまらず、車内で過ごす時間そのものが人生の重要な一部分を成した。多くの日本人が日記やエッセイ、自伝などでそうした時間を記しているゆえんである。いまや失われてしまった「旅」の醍醐味の一端を、せめて活字を通してでも味わい、先人たちが車中で何を考えていたかを想像することができれば、著者としてこれに勝る喜びはない。
(「あとがき」より)

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