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3980円(本体価格)/4378円(税込価格)
今まで発表されることがなかった葛飾北斎の版下絵103点が、ついに日本で出版されます。この版下絵は19世紀後半に国外に流出し、長い間、パリの著名な日本美術収集家の個人コレクションとして保管されていました。 版下絵とは、版画にするための「原画」のことです。本来ならば版木に彫られた段階で失われるはずでしたが、何らかの事情で計画が頓挫した結果この103点は残りつづけ、200年の時を越えて、わたしたちの目の前に出現することとなりました。 北斎が暮らし活動した江戸は、人口100万人以上を誇る世界的な大都市です。また、寺小屋などの初等教育制度が普及したことで、庶民やその子どもまでが漢字を読み書きすることができ、識字率の高さも世界有数でした。そのような環境のなかで、江戸にはいくつもの版元(出版社)が存在し、互いに競争し合い、幅広いジャンルの新刊を流通させて読者の興味を惹いていたのです。同じ頃の西洋では「印象派」の画家が登場しました。ルノワールやモネなどの絵画を購入したのは、主にブルジョワジーという新しく誕生した裕福な市民層でした。一方で、日本は富裕層だけでなく、あらゆる階層の人々が浮世絵などを購入して楽しんでいました。 「万物絵本大全」とは、絵入百科事典のことで、今回出版される版下絵103点も、この本のために描かれたものです。北斎よりも前に、すでに絵入百科事典は出版されており、この類の本には「万物絵本大全」というタイトルがつけられました。ただし北斎がやろうとしたのは、先人たちが取り組んだ百科事典を単にリメイクすることではありませんでした。 そもそも絵入百科事典が扱う伝統的な主題は、天体現象、地理、人物、衣服、動物、魚、虫、草花など17部門あると言われています。北斎はさらに、「インド(仏教)」と「中国」を主題に選びました。釈迦の同時代人や弟子たちの逸話(26点)、中国文明の祖として崇拝される神話の神々、皇帝、中国の軍事・宗教・文化・伝説上の重要な人物・俗信や習慣など(38点)を付け足しました。鎖国時代の江戸で、北斎はどのようにしてインドや中国に関する図像を描くきっかけとなった典拠を見つけ、発展させたのかは、今のところ特定されていないそうです。 本書の著者、大英博物館の名誉研究員であるティモシー・クラーク氏によれば、『万物絵本大全』のための版下絵103点の再発見が重要視されるのは、何よりも「古代インドや中国の歴史を探求し、伝統的な絵入百科事典の慣例的な主題の領域を越えようとする、絵師の大望をも物語っているから」だそうです。 葛飾北斎は、今から約260年前に現在の東京都墨田区に生まれました。当時としては破格に長寿だった北斎は90歳で亡くなります。死の間際、「あと5年長生きできたら本当の絵かきになれた……」と語ったとも伝えられています。 そのような北斎ですが、70歳前後の頃は深刻な問題を抱えており、「空白の期間」とされていました。自身が軽い中風(脳梗塞)に苦しんでいただけでなく、奥さんを亡くし、娘の応為は離婚して実家に戻り、さらに孫の不始末を解決するためにお金に困ってしまいます。北斎から版元に宛てた手紙には、「お金に困り、着るものもなく、何とか食べている状態で、2月中旬までに前借りできなければ、春を迎えることができないでしょう」と書かれています。103点の版下絵の1枚目(作品番号001)には、「文政12年」(1829年)と書かれています。この年紀が正しいと仮定した場合、これまで「空白」と考えられてきた時期と重なることになるのです。 本書には、ティモシー・クラーク氏による、北斎の画家人生における「万物絵本大全」という仕事の重要性についての論考と全作品の解説が収録されています。版下絵は、大英より提供された高精細のデータを使い、原寸大にリアルに再現しました。さらに日本語版では、大英博物館の安原明夫氏のご協力をいただき、版下絵の中にある画中文字(本書では「詞書(ことばがき)」)の翻刻と読み下し文を新たに付け加えました。巻末には「神仏名に関する日本語・サンスクリット語の対照表」もあります。 2021年9月30日から2022年1月30日まで、ロンドンの大英博物館ではこの103点の版下絵を展示する「北斎:万物絵本大全」という美術展が開催され、コロナ禍にもかかわらず大盛況のうちに終了しました。いずれこの美術展が日本にも巡回し、実物の版下絵103点が見られる日を待ち望むばかりです。その夢のような日に備え、今は本書を読んで、たっぷりと予習しておくのはいかがでしょうか。