1900円(本体価格)/2090円(税込価格)
日本経済の救世主か? 稀代の詐欺師か?
今日も中小企業は、喰いものにされる
朝日新聞デジタルの人気連載に大幅加筆、書籍化!
老後の人生設計が暗転。まやかしの事業承継。減り続ける資産。
――知らないと危なすぎるM&A(合併と買収)、そのトラブルの全貌
〇会社を救うはずだったのに。あなたの会社は大丈夫?
100万円で売り買いされる会社/9千万円余りが数カ月で流出/「会社を手放す気持ちがわかんねぇのか」/「カネ払え」携帯に無数の着信/M&A倒産で「地獄に突き落とされた」/「善意」が前提の契約手続き/歯切れの悪い業界団体代表/22億円をどぶに捨てた官民ファンド/地域金融機関の責任/机に並べた帯封つきの札束/北新地のキャバクラ利用260万円超/会社とは誰のものか/働く人のために(目次より)
〇実際に起きたトラブルから、問題の所在と原因を探る
私がこの問題に取り組むきっかけは、ルシアンホールディングスという買い手によるトラブルを知ったことだ。設立から短期間のうちに30社ほどの中小企業を買いあさり、資金が行き詰まった2023年末に代表者は失踪した。十数社が事業の停止や倒産といった憂き目に遭っている。
だが、買い手と売り手をつなぐことで「成功報酬」を受け取るM&A仲介業者は、M&Aによってどんな結果がもたらされようとも、報酬を得たままの「一人勝ち」となる。デタラメなM&Aで中小企業を追い込む買い手に問題があるのは言うまでもないが、悪質な手法を繰り返す買い手を紹介して着実に稼げるビジネスのありように、私は関心を抱いた。
(「はじめに」より)
〇岐路に立つM&A仲介ビジネスは、どこへ向かうのか
中小企業のM&Aでトラブルが続発する実態を掘り起こしていくと、その先には二つの帰結があり得ると考えた。
国や業界が本腰を入れて対策に乗り出し、悪質な買い手によるM&Aを排除するのか。それとも、M&A仲介では悪質な買い手が紹介され得るとの前提を置き、中小企業の経営者が無防備に近づいてはいけないと警鐘を鳴らすのか。
現状はどちらか一方に傾くのではなく、二つの方角へと少しずつ歩を進めている。
国はトラブルを防ごうと、実質的な業界ルールであるM&A中小ガイドラインを改訂した。ガイドラインに反する業者は処分し、その恐れがある業者にもトラブル防止策を講じさせた。業界団体も悪質な買い手を共有するデータベースを築き、仲介や助言に携わる者の資格制度の創設に向けた議論を加速させている。そうした取り組みがM&Aのトラブルを抑制する一定の効果を持つのは間違いない。
ただ、ガイドラインに従わずとも仲介ビジネスは展開できるし、玉石混交の業者が各地で営業を仕掛ける現実は変わっていない。M&Aを成約させるかどうかで手数料を稼げるかが決まる構造のなかで、ブームに乗じてチャンスをうかがう魑魅魍魎は早晩、国や業界の対策をすり抜ける新手法を編み出すことだろう。
一方、M&Aのトラブルが増殖する実態は2024年5月以降、TBSや東洋経済オンラインなどでも力を入れて報じられてきた。第三者承継やM&A仲介を無邪気に称賛するムードは萎み、ニュースに触れて気を引き締めた経営者は少なくないはずだ。業績が厳しい中小零細にとっては、M&Aとは別に打つべき手があるかもしれないし、債務を圧縮したうえで事業譲渡をめざすほうが望ましいケースもある。少なくともM&Aが「唯一の救世主」ではないことも見えてきた。
とはいえ、労働力不足や後継者難が強まる日本社会で、M&Aが経営資源の活用に向けた有効な手段の一つであることは揺るぎない。それを仲介するビジネスのニーズは今後も続くし、買い手に比べて売り手の経験値が劣る構図は変えようもない。
「生きもの」とも言われる会社にはそれぞれ異なる背景や特色があり、M&Aも一つひとつをつぶさに見ていくと異なる側面が浮かんでくる。決まり切ったパターンなどないが、不幸なM&Aを減らすヒントや気づきが本書のどこかで見つかるようであれば、筆者としては望外の喜びだ。
本書のベースとなった「M&A仲介の罠」シリーズの取材では、2024年1月以降、中小企業の経営者や幹部、従業員、そして仲介ビジネスに携わる多くの人たちにご協力いただいた。共通する思いは「不幸なM&Aを減らしたい」に尽きる。記事にはなっていないケースもあり、期待に添えなかったところもあるにちがいない。ライターとしての非力さや至らなさをお詫びしつつ、取材に協力いただいた皆様に改めて感謝を申し上げたい。
(「おわりに」より)