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3000円(本体価格)/3300円(税込価格)
落語の殿堂に、1年間全部見た! 落語協会百周年、桂米丸追善、七代目円楽襲名…… 隅から隅まで味わい尽くす ●まえがきより 本書は、2024年10月から2025年9月まで、僕が東京の寄席定席「新宿末広亭」の1年間73番組のすべてを客席で鑑賞するという、汗と涙と暇つぶしの記録である。 見方によっては快挙とも暴挙とも言える行為を、僕は「定点観測」と名付けた。それにしても、なぜこんなことを始めてしまったのか。 お話は今から26年前、1999年5月に遡る。当時新聞記者だった僕は、新宿末広亭で1年間の「定点観測」を始めた。誰に頼まれたわけではない。子供の頃からの演芸好きが高じて、辛い時、楽しい時、仕事に行き詰まった時、たまにはいっぱい飲みたいと思った時(僕は下戸だ!)に、ぶらりと木戸をくぐった寄席という悪所(?)を、隅から隅まで味わい尽くしたいと、厄年を何年か過ぎた良い大人が、大人気なくも思いついてしまったのだ。 では、どうすれば寄席を味わい尽くせるのか。新宿の飲み屋街の真っ只中でただ一軒、江戸以来の演芸の伝統を伝える末広亭は、10日ごとにプログラムが替わる。昼の部と夜の部があるから、1か月で6番組。1月だけは3部構成なので、合計すれば1年間で73番組だ。僕はこれを全部見てやろうと考えた。それが「寄席の定点観測」である。 それはそれは壮大な計画だったが、裏を返せば無謀な挑戦でしかない。 「どうせ無理だろうが、できる限り続けて、途切れたら潔くやめよう」 そういう気持ちで末広亭に始めたら、これが楽しくて仕方がない。「定点観測=同じ場所を続けてみる」という試みを、とにもかくにも続けていくうちに、今まで見えなかった、あるいは見ようともしなかった寄席のあれやこれやが、見えてきた。 だが、1年間は長かった。仕事が忙しくて寄席に行く時間が取れない。翌日には番組が変わってしまうという十日目の公演に駆け込むのは一度や二度ではなかった。ついに僕は心筋梗塞に倒れてしまう……。 心身ともにボロボロになりながらも、何とかゴールまで走り抜けた。そんな僕の姿に呆れながら、ある出版社が声をかけてくれた。 「『定点観測』というにはツッコミどころが多過ぎるけど、1年間に及ぶ寄席ファンの孤軍奮闘の記録として、読む価値はあると思います」 こんな言葉に勇気づけられて、2000年の暮れ、僕が書いた初めての演芸本「新宿末広亭 春夏秋冬『定点観測』」が出版されたのである。 六代目三遊亭円生の著作を編集するなど、演芸研究家として名高い山本進氏に、拙著を読んだ感想をうかがった。 「今までになかった貴重な演芸のフィールドワークだと思う。きっとこの本は50年経ったら評価されるよ」 これ、褒めてくれたのだろうか……? でも50年後では、僕も仲間も誰もこの世にいないだろうなあ。そんなことを思いながら月日を重ね、2025年の秋になって、あの『定点観測』から25年経ったことに気がついた。 「50年は無理だから、その半分の25年目に『定点観測』に再挑戦しよう!」 思った翌月にはもう、末広亭の木戸をくぐっていた。会社はリタイアしてフリーの物書きになっていかたら、日程調整は25年前よりははるかに楽だった。1年ではなく、2年ぐらいできるのでは……と考えたのが甘かった。前回はまだ40代半ばだったが、今回は古希を過ぎたばかりだった。お世辞にも安楽とは言えない寄席の座席に毎回4時間ほど座り続け、それがひと月に6回繰り返される。さらにそれが12ヶ月……。25年の差は如実に体力に表れた。1年間、本当にくたびれた。 (略) さあ、ともに寄席の木戸をくぐって、演芸の国へ! ●目次より 目次から見出しをいくつかご紹介します。 10月中席夜の部 ボンボンブラザースはなぜ舞台で喋らないのか? 12月中席夜の部 伯山トリを盛り上げる、落語講談浪曲の腕利きたち 1月初席第二部 演芸好きは正月寄席に行きたいのか、行きたくないのか? その真実に迫る 3月上席昼の部 桂米丸追善興行 豪華過ぎる追善、遠い空の米丸に届くか? 3月下席昼の部 芸協の「秘密兵器」と「掘り出し物」とは? 4月上席夜の部 新真打・鶴枝の評判がいい! その高座の出来は? 5月中席昼の部 番組表に名前が出ない「寄席のスーパースター」とは? 5月中席夜の部 末広亭の「最上等の席」はどこか?  8月中席夜の部 小痴楽はなぜいきなり高座で謝ったのか ●著者 長井好弘(ながいよしひろ) 1955年東京都生まれ。演芸評論家。1979年読売新聞社入社。編集局文化部、編集委員、日曜版編集長、落語会「よみらくご」企画監修などを務め、2020年退社。現在は日本芸術文化振興会プログラムオフィサー(大衆芸能担当)、文化庁芸術祭審査員などを務めている。著書に『雲助おぼえ帳』(朝日新聞出版、五街道雲助と共著)、『新宿末広亭 春夏秋冬「定点観測」』(アスペクト)など。
2500円(本体価格)/2750円(税込価格)
「師匠! 人間国宝がここまで喋っていいんですか!?」 落語界4人目の人間国宝(重要無形文化財保持者)となった五街道雲助。滑稽噺から芝居噺まで、多彩な高座で客席を魅了する師匠が、評論家・長井好弘氏を聞き手に、持ちネタを解説します。その噺のポイントはどこか、どんな工夫を行い、本番でどう感じたか。初出しのエピソードも満載。師匠・金原亭馬生の思い出、弟子たちとの交流、そして落語論も。 本文の一部をご紹介します。 ●火焔太鼓(かえんだいこ) 長井 雲助師匠は演者として『火焔太鼓』についてどう思っていますか?  雲助 やっぱり、お客を見るというか。 長井 観客を見る? 雲助 ちょっと硬いお客さんの時だと、この噺をやるのは怖いです。だから、たとえば寄席で十日間、ずっと『火焔太鼓』でトリを取ってくれと言ったら、かなり苦痛でしょうね。 長井 どうして怖いのですか? 雲助 必ずウケるとは限らない。どこかで一つ滑ったら(ウケなかったら)、回復できずに最後までスベって終わるような、そういう怖さがあるんですよ。だから、普通の落語会のトリで、『火焔太鼓』のネタ出しなんてェのも、ちょっと遠慮したい。 長井 お客さんの様子を見て、「あ、これだったら今日は大丈夫かな」と思ったら高座にかける、という感じですか? 雲助 そういうことです。 ●芝浜(しばはま) 長井 志ん生、志ん朝ラインは割と軽めの『芝浜』でしたね。 雲助 もう完全に落とし噺の『芝浜』ですよ。サゲの「また夢になるといけねえ」っていうのも落とし噺のサゲの言い方をしてますね。このサゲが難しいのは、「なぜ夢になるといけないのか」ということなんです。普通は「あ、また夢になって、かみさんに騙されるといけないから」とか、だいたいそんな感覚でのサゲの言い方ですよね。 長井 師匠のサゲは一味違いますね。 雲助 あたしのは、とにかく勝五郎が幸福の絶頂にある。せっかくこんなありがたいことがあるのに、これが夢になっちゃあいけないから、「また夢になるといけねえや」という落とし方にするんですね。 長井 勝五郎の至福の思いをちゃんと盛り上げておかないと、その台詞が生きてこないという。 雲助 そうですね。だから、あたしは女房が身籠っているという設定にしています。幸せの要素を積み重ねるには、子供ができたというのはかなり大きい。子供ができる、お酒が飲める、お金が戻ってくる。それで、除夜の鐘が聞こえて、年が明ける。「ああ、おめでとうよ」という絶頂感の根底に「子供ができる」というのがあるというのがいいなあという気がします。「子供ができた? じゃあ祝いに酒を」という口実もできるしね。 ●鰍沢(かじかざわ) 長井 『鰍沢』は雲助師匠の工夫がいっぱい詰まった、いわば雲助一門の代表的な噺ですから、この形を何とか残してほしいなと思います。総領弟子はやらないと思うけど(笑)。 雲助 白酒はやらないでしょうね(笑)。馬石も、やらねえかな。最近は、龍玉がよくやっているらしいけど。実は『鰍沢』って、ずいぶん稽古頼まれてるんですよ。それが、ほとんど女性の噺家なの(笑)。 長井 へえー、そうなんですか。 雲助 お熊をやりたいというんです。ああいう悪女みたいなのをやってみたいって。もう、四、五人教えてるんじゃないかな、女の子ばっかり。男はいないかもしれない(笑)。 長井 雲助師匠は、「稽古をつけてください」っていう人には方は皆さん、教えてます? 雲助 もちろんです。 長井 「まだ早い」とか、そんなことは思わないですか? 雲助 うーん、思ったとしても、一応稽古はします。まず無理だろうなと思うときもあるけど、「稽古してくれ」と言われりゃ、断りませんよ。 【演目一覧】 お菊の皿/臆病源兵衛/火焔太鼓/勘定板/菊江の仏壇/禁酒番屋/くしゃみ講釈/汲み立て/子ほめ/持参金/死神/ずっこけ/千両みかん/幇間腹/代書屋/佃祭/二番煎じ/花見の仇討/身投げ屋/妾馬/宿屋の富/夢金/らくだ 明烏/お直し/五銭の遊び/品川心中/付き馬/徳ちゃん/干物箱/木乃伊取り/山崎屋(「よかちょろ」含む) 火事息子/芝浜/唐茄子屋政談/中村仲蔵/文七元結/夜鷹そば屋/淀五郎 お富與三郎/お初徳兵衛/お若伊之助/鰍澤/髪結新三/九州吹戻し/真景累ケ淵・豊志賀/つづら/猫定/初霜/双蝶々/緑林門松竹/宮戸川/名人長二/もう半分 【著者】五街道雲助(ごかいどうくもすけ)  落語家。東京都出身。1948年生まれ。明治大学中退後、1968年、金原亭馬生に入門。前座名は金原亭駒七。72年、二つ目に昇進。五街道雲助に改名。81年、真打昇進。2023年、重要無形文化財保持者(「人間国宝」)。